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富山と長谷さんが同時に、ドアに首を巡らす。二人と小窓越しに視線が合った。
訝しげな富山が腰を浮かすが、さっと、長谷さんが立ち上がる。
オレとしては、顔なじみの富山が話しやすいのだが。手芸部は三年生が引退して、部員が二人だけになったのは、衣里から聞いていた。
ドアに駆け寄り、開けてくれたのは、オレより頭一つ分背が低い、長谷さんだった。
長谷さんは、俺の胸にある名札に一瞬、視線が定まった。青色で縁が囲んである。二年生を示す学年色だ。一部の生徒は、学年を強調する名札のデザインは、階級章みたいであり、時代錯誤と言っている。
長谷さんの名札は、一年生を示す赤色で縁取りされている。胸のふくらみを見つめているようで、いやらしい男と勘違いされそうだ。
オレは、慌てて顔を見る。
パチパチさせている大きな目。鼻と唇の位置は、バランスが揃っている。思わず、見とれそうになってしまった。
オレが二年だからと言うより、礼儀正しく、優しい性格なのだろう。丁重に一礼をしてくれた。
「センパイ、どのようなご用件でしょうか?」
「部活の最中ゴメンね。二年一組の熱海です。えー。富山、富山さんに用事があって来たんだ」
「しばらくおまちください」
話し方もしっかりしている。オレは、無意識に視線は、長谷さんを追いかけてしまう。
長谷さんは、眼前でくるっと振り向いて、黒髪がふんわり揺れていた。
「熱海、聞こえてる」
富山は、ドアを自分で開いて部屋に入らず、話せば、とぼやきながら、あきれ気味に肩を竦めながら、オレに近寄る。
一年の長谷さんは、もといた席にちょこんと座り、くりんとした目を見開いて、富山とオレをチラ見している。
毛糸を編む棒の動きが緩やかなのは、聞き耳を立てているからだろう。遠慮して、先輩の話を聞いてない振りをしているようだ。
「富山、お願いがあるんだ」
「熱海、ここ部室だよ? 廊下で話そう」
各部活動が始まり、静まり返った廊下に、ほかに人はいない。富山が廊下に出て、ドアを後ろ手で閉める。
「部活中にすまん、富山」
「――熱海、急用みたいね。何の用?」
「富山、あのさ。友人から、プレゼントされた手編みのマフラーなくしちゃったんだ」
富山は、瞼を限界までゆっくり開いてから、小鼻に皺が寄る。
「あきれた! ふーん。それで、手芸部の部室内に、なくしたマフラーが、落ちてないか、探したいの?」
富山は、腕を組む。しかも、瞳には非難の色が宿っていた。
「違うよ。昨日、学校帰りにコンビニで、ゴミ箱に缶を捨てようとして、うっかり缶でなく、コンビニ袋に入ったマフラーを捨てたんだ。夜、家に帰って、気づいて、コンビニまで走ったんだよ。店長さんいて、聞いたんだけど、もう、リサイクル業者さんが持ち去った後だったんだ。念のため、ゴミ箱を全部、オレが探したけど、どこにもなかったんだ。だから、同じマフラーを作って欲しいんだ」
「あのなー熱海。コンビニのゴミ箱に、ゴミの持ち込みするなよ」
「違うんだ。自宅近くのほら、あのコンビニ! 缶やペットボトルの回収ボックスあるだろう? ちゃんと学校で水洗いして、袋の口をあけて、缶を入れたつもりだったんだ。うっかり、マフラーを捨てて、缶の入った袋を家に持ち帰ったんだ」
「う、うっかりじゃ済まないでしょう」
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