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それから一行は、近くの喫茶店へ入った。
紅茶が美味しいと評判の店には、多くの女性客がおしゃべりを楽しみながらのんびりとティータイムしている。
「紅茶を飲んでちょうだい。けがはない?」
シャルロットは黙り込む女性にソレイユ国の言葉で語りかけた。
女性は若いが、やつれており身体も痩せていた。
「姫様。ケーキも頼みましょうか?」
「ふふ、そうね!パウンドケーキをいただくわ。彼女の分もお願いね。赤ちゃんの分も栄養つけなきゃ!」
「え、えっと……」
「私がご馳走するわ。気にしないで」
「……あ、ありがとう……ございます……」
女性はボロボロと大粒の涙を流して、嗚咽交じりに感謝した。
シャルロットは苦笑する。
「あなた、ソレイユ国から来たの?」
「ええ。夫は官僚だったの。テロ行為を起こして、失敗して逮捕されたわ……。爵位も剥奪されて、実家の子爵家からも絶縁されるし、ソレイユ国から永久追放よ」
途切れ途切れだったが、啜り泣きながら彼女は話してくれた。
「あなた……お名前は?」
「エリザよ、この子はジャン。貴女は?貴女もソレイユ国から来たの?」
「え?そうよ、まだ移住したばかりでね。あっ、私の名前はシャルルよ。私も結婚していて、子供がいるのよ。よかったら、同郷のよしみでママ友になってくれない?」
「まあ、随分お若いママだこと。私でよければ是非。こちらの国の言葉もわからないし、夫もコーヒーハウスに入り浸りだし、知り合いも居ないから心細かったの…。嬉しいわ」
「よろしくね、エリザさん。私もお友達が欲しくて、街までふらっとやってきたところなの。えっと、あっちが兄のシンで、後は知り合いよ」
エリザは店員が運んできたパウンドケーキを口に含むと、涙をぬぐい笑顔になった。
「おいしいわ……、こんなに落ち着いてケーキを食べるのは久しぶりよ」
シミやほつれだらけのワンピースを着ているが、食べる所作が綺麗だし、すごく上品な婦人だ。
きっと母国では貴族の令嬢だったのだろう。
夫が逮捕されて国外追放。
普通ならば離婚して縁を切るはずなのにーー、言葉もわからない土地で苦労すると分かっていても、実家を捨ててまで夫について来たんだ。
「夫も…、この国の来たばかりの頃は、政治から身を引いて私と赤ちゃんと親子で慎ましく幸せに暮らすんだって言っいました。けど、あのコーヒーハウスに通うようになって、また政治に熱をあげちゃって…おかしくなったの。全然仕事も探さないし……。実家から、手切れ金に貰ったお金も底を尽きてしまうわ…」
「そうだったの…」
「生活もあるし、お金を稼ぐために私も働き口を探して街まで出て来たのだけど…ダメね、言葉もわからない外国人で、産まれたばかりの赤ちゃん連れで雇ってくれそうなところなんて全然なかったわ」
「……あ、それでしたら、エリザさん、ヘーゼルナッツ農園で住み込みのバイトをしませんか?」
ベンジャミンが提案した。
「え?あの、ベンジーの友人がやっている農園?」
「ええ、このメンバーと他数人でバイトをするんです。赤ちゃんも問題ありません。そんで、合間に言葉も覚えればいいし、俺は医者だし、ママ友のシャルルさんもいるんだから心強いでしょう?」
「そうよ!それがいいわ!旦那さんも連れていらっしゃい!政治のことよりも、まず目先の生活が大切じゃない!」
「……はい、よろしくおねがいします。見ず知らずの私のために、何から何まで…本当にありがとう!」
母親がホッとした様子でニコニコ笑った。
ぐずっていた赤子も安らかな顔になって、シャルロットの腕の中でスヤスヤと寝入ってしまった。
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