見えない悪意

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 そんなどうにも回避できない日々の中、俺にとって最悪な事件が起きた。  母さんの運転する車と、織田さんが接触事故を起こしたのだ。 「え、俺が織田さんの所に? 毎日?」   「毎日って訳じゃないと思うけど……何しろね、あんたが学校帰りに織田さんのアパートに遊びに来てくれれば警察呼ばなくていい、って」 「何でだよ。すぐ警察呼べば良かったじゃん。何で呼ばなかったんだよ」  苛立ちを隠せない俺に、母さんも「本当ね」と頬に手を添えてため息を吐いた。 「初めはただ転んだだけで、ぶつかってないって言ってたのよ。でも後からね、立ち上がる時に車のマフラーでカーディガンが破れたとか、尻餅ついて腰が痛いから病院に行こうと思うとか、やたら言ってくるのよ。だから、せめて何かこちらが出来ることありますかって聞いたら正弘の名前が出て……」  その様子は見てなくても目に浮かぶ。人の顔を覗き込むようなあの仕草で、母さんに訴えたんだろう。 「だけど、どうして織田さんはわざわざうちの前にいたの? 普段アパートの前にいるだけでこっちまで来ないよね」 「……怪我させて悪かったけど、それは私もちょっと思っちゃった。バックで車庫入れする時に、お母さんもちゃんと後方確認したのよ? それなのに後ろから、ぎゃあって聞こえてびっくりしちゃった」    つい、母さんと俺は無言で見つめあってしまった。何も言わなくても、二人とも頭の中では“自作自演”の文字が浮かんでいるのが分かる。  母さんがそれを口に出さないのは、あくまで自分が加害者の立場だから。だけど俺が口に出さなかったのは、自作自演までしてうちに寄ってきた目的を考えるのが怖かったからだ。
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