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翌日、騒然とする水谷邸に出勤した八重子は、そこに紅葉と堺田を見付けた。
二人は何やら深刻な顔をして話していたが、八重子を見付けると堺田が近寄ってきた。
お父様が逮捕された?それとも・・・。
八重子は直ぐにそう思った。だが、暗く眉間にシワを寄せた堺田の言葉は意外すぎた。
「八重子さん気を確かに聞いて下さい。水谷荘一郎さんが亡くなった」
亡くなった・・・。暫く意味がわからず、
この人何を言っているのだろうか?
失踪した?、いなくなったの間違いでは、と思い一応、
「昨日、会いました。帰るまでいらっしゃいましたよ、元気に・・・」
と答えると。
「外へ出よう」
と堺田が庭へと連れていった。
「父が亡くなったって嘘でしょ。何を企んでいるんです!」
八重子は庭に出ると大声で毅然といった。
昨日あんなに元気にしていたのに、死ぬなんて有り得ない。
八重子は堺田の言葉を信じなかった。
しかし、堺田は目を潤ませて、
「死んだんだよ!、企みではない。急性心不全で亡くなった、夜の2時。私が見付けた時は既に死んでいた、助けてやれなかった」
と言った。八重子は、
「嘘!嘘よ!」
と取り乱した。すると、
「荘一郎社長は以前から心臓が悪かったのだよ。聞いてなかったのか?」
と言われ、
「いいえ」
と答えると。
「あの人らしい。多分、君の言葉の全てを受け止めるつもりだったんだな。
病気を理由に逃げたくなかったんだよ。
君に病気を知られれば、君は言いたい事も言えずに、悶々と過ごすことになるからね。
あの人らしい・・・」
「バカ!父は、何処なの?!」
「病院から今、葬儀場へ運ばれた。死亡診断書を頂いて警察の検視を受け。今、葬儀場にいるよ」
八重子はようやく真実だと分かった。
警察や病院を誤魔化すなど出来る筈も無い。ならば真実と理解したのだ。
八重子は膝からガックリと座り込んで、泣き崩れた。
「お父様・・・何で何で。私の大事な人が次から次へといなくなるの?、何で私だけ・・・」
八重子の様子を見て堺田は、大きくため息をつくと。
「紅葉さんの手伝いを。お父様には直ぐ会わせて差し上げます」
と言った。その事務的な言葉に八重子は、この人達冷たい。所詮、他人なんだと思ってしまった。
ふらふらと紅葉の所へ行くと。人があっちこっちへと動き回る家の中で、ダイニングへと向かった。
紅葉がご飯を炊き味噌汁を大量に作っていた。葬儀が終わった後の、スタッフの食事の用意だと直ぐ分かった。
そんな事は葬儀屋に頼めば良いのに。
この人達、何をしているの?と八重子は不愉快だった。紅葉は茫然と立ち尽くす八重子に、
「確りしなさい。今そんな事言っても、仕方がない事は分かっているけど。あんたは荘一郎の娘なんでしょ、社長の娘なら確りして!」
と言った。
「はい・・・」
と小声で答えると。紅葉は八重子を抱き締め、
「つらいのは分かる。私もあなた程ではないにしろ、つらいの。でもねやらなきゃね、皆の為に、社長に恥をかかせない為にもね」
と言った。八重子は少し元気を貰い、黙々とお握りを握り、味噌汁や漬け物や煮物を用意した。すると、堺田が来て、
「八重子さん、そろそろ葬儀場に行きます。
喪服は休憩室に用意しました、着替えて」
と言われた。
頭の中が冷たいもので支配されていた。母の葬儀の時は長期入院だったので覚悟があった。
しかし突然、昨日まで話をしていた、やっと、一歩近付いたと思った父が、突然、死んだのだ。八重子は溢れる涙を止める方法を、思い付かなかった。
こんなんじゃ化粧も出来ない。私は多分、
一生悲しいんだと思ってしまった。
第10話、終わり。
第11話『死して尚・・・』に続く。
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