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次の日、渋い顔をした魅月が、叔母によって朝食の席に連れてこられた。昨日と同じく、黙々と食事を口に運ぶ。
大人達は普段と変わりなく朝食を食べているが、咲耶花は居心地の悪さを感じていた。
昨日のケンカは、咲耶花が悪い。多分。だから、謝るべきだ。しかし、何がいけなかったのかが咲耶花には分からない。笑ったことがいけなかったのかと、寝る前に謝ってみたが、不正解だったようだ。
答えが出る前に完食し、咲耶花は皿を片付け始めた。
***
お昼過ぎに母がやって来た。おやつに食べようと、焼いてきたのだろうチーズタルトを叔母に渡している。娘に会うなり、視線を腰辺りに下げた。
「あれ、みぃ君は?」
そこにいて当然、という母の態度に叔母が笑いをかみ殺している。
「ミツキはちょっと、ご機嫌斜めなんです。」
「やだ、サヤカ。何したのよ。」
「ノータイムで私を疑わないでよ。」
「あんたが原因じゃなかったら、あんたに張り付いてるでしょうよ。」
……自分もよく、両親に怒られては叔父や叔母に張り付いていたので、否定できない。
咲耶花は口をへの字に曲げると、ダイニングから続いている居間へ移った。お茶を飲んでいる祖母の隣に座ると、咲耶花の分も入れてくれた。叔父と祖父は、今日は店で自転車や工具の整理をしている。
湯呑みへ息を吹き込んで、若葉色の水面を揺らす。母が向かいに座った。半眼でこちらをにらんでいる。咲耶花は湯呑みごと両手を胸へ引き寄せた。
「なに?」
「サヤカが悪い。」
「はぁ?」
言われなくてもそんなことは分かっているが、急になんだ。ダイニングへ目を向けると、両手を合わせた叔母が小首をかしげた。話したのか、というか昨日のを聞いていたのか。
祖母が母にもお茶を入れる。行儀悪く頰づえをついたまま、母がそれをすする。
「小さい頃のあんたは本気で、結婚するって言ってたと思うわよ。」
「えー。」
叔父と? 今では考えられない。そもそも出来ないが。
籠に積んであったミカンを母が手に取る。小ぶりで平べったい、おいしそうなやつだ。
「まあ、問題はそこではなくて。あんたはもう少し、みぃ君の気持ちを考えるべきだったわよ。」
「ミツキの気持ち?」
聞き返す咲耶花を見る目がいささか冷たい。使う公式を教えてもらっても、答えを出せないやつを見る目に似ている。
母はミカンを一房口に入れようとして、大きな筋が気になったのか、指で摘まんでピーッとむいた。細かいものはそのままにして、ぽいっと口に入れる。
「……あの子はずぅーっと、あんたのこと好きだって言ってるじゃない。幼稚園に入ったばっかりの頃から。」
バレンタインデーに、ココアクッキーを焼いた。大小2種類のハート型に抜いて。100円ショップで買った白と赤のかわいい袋に、ピンクのリボンを結んだ。
男の子なのだから嫌がるのではないかと、渡す直前に気がついた。
魅月は受け取った。まあるいほほを赤く染めて、「ありがとう。」とはにかんだ。彼は5歳になったばかり。青いタオルを巻いていた咲耶花と同じ歳。
「本人は、至って本気で言ってるのよ。」
くっついた三房のミカンを、母はそのまま口に放り込んだ。
***
小さい頃の自分は、あれになる、これになると毎日の様に宣言していた。
お母さんが大好きなチーズケーキ、いっぱい食べさせてあげたいなぁ。そうだ!
「サヤカ、ケーキやさんになる!」
お父さんを困らせる部長さんは、きっと悪者に違いない。やっつけなきゃ。そうだ!
「サヤカ、ブルーホークになる!」
叔父さんともっと遊びたいなぁ。もっと一緒にいられたら良いなぁ。そうだ!
「サヤカ、おじちゃんとけっこんする!」
どんどん増える、なりたいもの、やりたいこと。
幼い言動を振り回していたものは、何だったろう。恥ずかしい過去だと、逃げ回っているうちに失ってしまった。
***
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