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仲直りは早いうちに。小学生の時学んだ教訓だ。
玄関を確認すると、小さな赤いスニーカーがかかとをこちらに向けて並んでいた。今日は家にいるようだ。咲耶花は二階に上がった。並んだドアの、手前のものの前に立つ。
「ミツキ?」
返答はない。聞こえていた電子音が止まった。カラカラっという軽い音は、イスの脚のタイヤだ。
居留守や立てこもりなど無意味である。この家で鍵がかかる個室は、トイレと風呂場だけだ。
「入るよー?」
無駄な疑問形で声をかけ、ドアを開ける。
正面に勉強机があった。メニュー画面にしただけのゲーム機が放り出されている。横のカラーボックスに本が並び、その上にランドセルが寝そべっている。右に寄せられたベッドは、起きた時のままシーツが乱れている。反対側のクローゼットの横、蓋のない箱が並んでいて、その中におもちゃが押し込まれていた。上にでんとボールが乗っている。
一見すると誰もいないように見える。が、イスの奥、机の下の影から、靴下に包まれた小さな足がのぞいているのを見逃す者はいないだろう。オオカミだって見つけるはずだ。
咲耶花は部屋の中に入ると、カラーボックスの前に座った。ドアの方、魅月と同じ方向を向く。あのね、と声をかける。
「大きくなるとね、好きの形が違う形で見えてくるんだよ。お母さんを好きな気持ちと、友達を好きな気持ちは違う形をしてるんだ。結婚相手への好きもね。」
上級生に憧れを抱いたことこそあるが、咲耶花はまだ恋愛をしたことがない。だから、本当のところは分からない。でも、家族間ですら、両親を想う気持ちと魅月を想う気持ちは違うのだから、そうだと思う。
「叔父さんを好きな気持ちは、お母さんを好きな気持ちと同じ形なんだ。恋人の好きじゃなかった。それでも、本当に好きだったのは確かなのに。思ってた形と違うから本当じゃなかったなんて、おかしいよね。ごめんね。」
咲耶花はとんっとボックスに背を預けた。こぼれそうになったため息を飲み込む。
「ずぅーっとさ、ちっちゃい頃の私ってバカだなぁって思ってたけど、今でも充分おバカだったね、私。」
魅月を馬鹿にしたつもりなんてなかったし、慕ってくれる気持ちを軽んじたつもりもなかった。そのつもりなしにやらかしたのだから、余計に質が悪いと自分でも思う。
もしかしたら、このまま一生許されないかも。一抹の不安が胸をよぎる。
咲耶花が口を閉ざすと、部屋に沈黙が降りた。
ごそごそと布ずれの音がして、まず机の前のイスが押しやられた。続いて、ぴょこっと小さな頭が飛び出る。両手をついた体勢で、魅月が顔を上げる。きゅっとつり上がった目が、咲耶花の顔をのぞき込んだ。
「じゃあ、いまも……とーちゃんのこと、すき?」
「……気になるのはそこなの?」
昔の好きイコール本当の好きとしか伝わっていないのだろうか。
思わず苦笑をこぼすと、むっと魅月が唇を引き結んだ。
このままでは、また叔父がかわいい愛息子から大嫌いと言われてしまう。
咲耶花は、ぽんぽんと魅月の頭をなでた。
「今は、ミツキが一番好きだよ。」
今の自分がもし、何かになりたいと、そう強く思うのなら、きっとこの子が理由だ。
小さな唇にぐぐっと力がこもる。まあるいほほがじわじわと赤くなる。魅月は咲耶花の手をぺいっと払うと、再び机の下に引っ込んだ。
「……オレも……きらいじゃないし。」
「うん、ありがと。」
ぽそぽそと小さな声が聞こえる。もう一度、頭をなでたいと思ったが、これ以上突くと出てこなくなりそうなので我慢する。
咲耶花は立ち上がると、ベッドの枕元に置かれた時計を見た。丸っこいそれは、白黒を組み合わせたサッカーボールを模してある。
「おやつにしようよ。お母さんがチーズタルト作ったからさ。」
「ん。」
咲耶花が戸口に立つと、ぱたたっと小さく、階段を降りて行く音がした。廊下に出てすぐ、咲耶花は下をのぞき込む。逃げて行く誰かさんの足を見た。
また立ち聞きか、似た者夫婦め。いや、きっと心配してくれたのだろう。そういうことにしておく。
***
小学一年生の時の記憶も、咲耶花にはもう遠く、ほとんどのことはぼやけている。
10年後、魅月はこのケンカを覚えているだろうか。
すっかり忘れていて、何だその話は、と困惑するだろうか。
うっすら覚えていて、それ以上はやめろ、と怒るだろうか。
居間に入ると、座卓についた叔父がニヤニヤしていた。皿に乗っているチーズタルトを喜んでいるわけではない。咲耶花はため息をついた。
その横を魅月がすり抜ける。叔父の前に立った。腰に両手を当てて、ふんぞり返る。
「ねーちゃんは、とーちゃんより オレのほうがすきだって!!」
母と叔母が笑いを耐えているのが、視界の端に映る。
かわいい魅月。
そのかわいさを、お姉ちゃんは一生忘れられそうにありません。
できるだけ吹聴しないよう気をつけるので、どうか許してください。
END
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