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項伯
「いや、見事」
あたりに白々と拍手が鳴り響いた。一同は驚いて音の鳴るほうを向いた。項荘は固まって動きを止めたままそちらを凝視している。張良は頭が真っ白になり、茫然としていた。
笑みをたたえて拍手をしていたのは、項伯であった。酒を飲んでほほを赤くさせながら、いつものあの温和な微笑を浮かべて言う。
「見事なものだ、項荘殿。いやはやこのような場で見事な剣舞を見られるとは」
役得でありましょうなあ、と朗らかに項伯は言う。
こいつは一体何を言い出したのだ。
張良は何も考えられぬ頭でこの男を凝視した。その視線が見えないかの如く、項伯はやんわりと、しかしはっきり言った。
「しかし、項荘ひとりでは少々この場にはさみしいですな。ここはこの項伯が、役不足ながら助太刀いたす」
周囲があっけにとられるのにも構わず、項伯はさっさと立ち上がり、己の剣をひらりと抜いた。そして驚きに一分も動けぬ周囲をよそにずんずん進み、項荘と劉邦の間に半ば無理やり割って入ると、剣を構えた。その切っ先は項荘の首を向いている。
項荘は剣を振りかぶったまま、あんぐりと口を開けて項伯を見た。そして項伯の背に隠れた劉邦に視線を向け、再び項伯を見る。
劉邦からは、項伯の背ばかり見えてその顔は見えなかった。しかし、項伯はいつもと変わらぬ声色で言った。
「では項荘殿、私がお相手しよう」
その言葉が終わらぬうちに、二本の剣がかち合い火花が散った。
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