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鴻門にゆく
翌日、劉邦は供を百余騎つれ、鴻門へと向かった。張良は内心、未だ裏切り者へのいら立ちが抑えきれぬままだった。
あのような戯言を言いおって、と馬上で張良は苦々しく思う。
しかし、そんな思いで我が君主の横顔を仰ぎ見ると、劉邦は平生と変わらぬ落ち着いた顔をしていた。涼しさすら感じられるほどの穏やかな、腹の内を悟らせぬ横顔。ああ、これが我が君であった、と張良ははっと気が付くのだった。
まずは項王の誤解を解くこと、これが第一だと劉邦は言った。
裏切り者への怒りを抑えられずすぐにでも見つけ捕まえて、首を切り落とそうと逸る者たちをなだめて、劉邦はこういったのだった。
「裏切り者の処分はいつでもできる。しかし、今は項王の信頼を取り戻すことだ。この時期を逃してはならぬ」
そう穏やかに、しかし有無を言わせぬ語調で言った時と、今こうして鴻門に向かう劉邦の表情は、みじんも変わっていなかった。その言葉で、張良を含む側近たちは一瞬にして怒りを収めたのだった。
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