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張良は二人の「舞」を、まるで遠くのものでも見ているかのような心持で見ていた。項伯はいとも簡単に、項荘を劉邦から追いやってしまう。さりげなく自然に、だが確かに項荘の刃の切っ先をそらし、退けさせる。空を歩くかのような重みの感じさせない動作で、ひらりと項伯は舞うのであった。
鳥。いうならば、項伯は母鳥であった。張良には項伯の姿が、母鳥がひなを守るために、自ら翼を大きく広げるすがたを思い起こさせた。項荘はそれでも、眉一つ動かさない。その一つ一つの型に明らかに鋭さと殺気が加わっていくのは、張良にも目にも明らかだった。
斬、と項荘が切り込む。それを項伯はゆるりと逃げて、劉邦を自らの背に守る。項荘の背中越しに、かん、かん、と刃がかち合う音が、徐々に大きくなっていった。それをじっと見上げる劉邦は身動きもせず、落ち着いていた。
未だ腰の抜けたような心持の張良は、ここにきてはっとした。こうしている場合ではない。わたしとて、劉邦様をお守りしなければならぬのだ。
項伯―、と、張良はその背に心の中で呼びかけた。項伯は振り返らない。しかし、張良はそれを見て逆に覚悟を決めた。
お前には恩に着るぞ。もう少し、もう少しだけ劉邦様をお守り申し上げてくれ。
そうして、張良は意を決して立ち上がり、一目散にその場を走り去っていったのだった。
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