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昨夜、急に姿を消したと思ったらいつの間にか夜更けにどこかから戻ってきた項伯は、だしぬけに「張良と沛公にあってまいりました」と項羽に言った。驚く項羽をよそに、項伯は劉邦が大変申し訳なく思っていること、そのうえでまた曽無傷の言葉は全くの嘘であることを項羽に何度も言い聞かせた。
「叔父上、それは今話さなければならないことなのか」
夜中にたたき起こされた項羽は正直不機嫌だったが、項伯に対してだけは范増やほかの部下のように感情をぶつけることはできなかった。
この男は、いつも項羽が口答えできないような言葉ばかり並べてくる。徳、君子、礼。まるでそれが切り札のようにぺらぺらとしゃべる。そして実際、項羽もそれに反論したことはない。
項羽は微笑を浮かべてできるだけ口調に苛立ちがにじまないように言った。
「では、おじ上のお考えとやらを聞こう」
「いやいや項羽、これは天下分け目の決断ですぞ」
いつになく仰々しい物言いに、思わず項羽は眉根を寄せた。
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