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「項羽よ、お前があの曽無傷の言葉に大変怒ったのはよくわかる。よくわかるが、考えてみよ、あれは讒言だ。あのような小物の言うことに左右されるようでは、其れこそ天下はとれぬ」
その言葉に項羽は思わず、きっと顔を上げて項伯をにらみつけた。項伯は笑みを深めて項羽を見返す。項伯がよく見せる、温和で、裏表のない優しげな笑みだ。しかしこの男にだって、項家の血は流れている。
この男だって、項羽と同じ軍人だ。戦場であれば、徳だのなんだのとそのお偉い考えなど引き合いに出していられようか。しかしそれをわかったうえで、こうして項羽に面と向かって話すのだ。
この男が叔父でなかったなら、すぐにでも剣に手をかけて叩き殺していたかもしれない。
「叔父上、其れこそ、とは?」
口調に怒気がこもりながらも項羽は穏やかに言ったつもりだった。
「曽無傷という小物の讒言によって身が危ぶまれている哀れな劉邦に、この私が天下を奪われると?それとも私では力不足だとおっしゃりたいのか」
「いや、深い意味はない。天下を取るのは我らだ。そうだろう?」
項伯は鷹揚に言うと、とにかく、と早口に言った。
「劉邦を許しなさい、項伯よ。お前がするべきことは、君主としての寛大な判断だ。それをしてこそ、天下に名を立てる英雄だ。劉邦は確かに曽無傷にそう言われる節があったかもわからないが、」
だが、と項伯は調子を変えずに言った。
駒としてはまだ使えるだろう?
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