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「お会いになるのですか」
范増は項羽に静かに問うた。項羽は昨日の項伯の言葉を思い出しながら、苦笑とも取れる表情を浮かべて言う。
「会わぬというのも道理に合わぬだろう。わざわざこの鴻門へ、沛公自らやってきたのだ。この私に謝したいと」
「別に、今すぐ会わねばならぬというわけではありますまい」
范増はさらりと言った。そして、取次の兵に向き合う。
「もう夜だ。宴を開く故、このままここに留まりその時に仲直りをしようと項王が申しあげたと、そうお伝えしろ」
ほどなくして、取次は去った。取次が部屋を出て幕が揺れるのを見ながら、項羽は眉間にしわを寄せた范増に言う。
「そなたは、項伯を信じぬというのだな」
范増はちらりと項羽を見た。しかし、すぐにまた視線を地に落とした。薄暗い帳の中で、范増の顔が影に沈んだ。
「さあ、わたくしにはわかりかねます」
ふ、と項羽は声を立てず笑った。立ち上がり場を去ろうとする項羽の背に、范増は鋭く言い放った。
「しかし我が君、覚悟は決めねばなりませぬ」
項羽は振り返り、范増を見やった。范増も、鋭い光をたたえた眼で項羽の眼を凝視した。
「劉邦はこの先、必ず我が君の」
そういったきり、范増は黙っていた。項羽は何も答えず、その場を後にした。
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