ちぐはぐマフラー

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ちぐはぐマフラー

「冬というものは、体の内側から氷が突き出てきそうなほど寒いな」  煌々と揺らめく暖炉の炎をぼんやりと見つめていれば、マスターが不意にそう呟いた。薪を燃やしているのではなく、特殊な技術で炎を閉じ込めた水晶玉のようなものを暖炉にぽつんと置いているだけ。偽物の炎を前に、私は偉大な発明家であるマスターの言葉を脳内で反芻させた。  寒い。  マスターは基本的に何かを促すような発言はしない。しかしながら、マスターが発したその言葉には、寒さを和らげるための何かを欲しているような願望が込められていたような気がした。 「リル、今日も外は寒い。部屋の中で暖かくしていなさい」 「うん。分かった、マスター」  マスターは私にカーディガンを羽織らせると、くしゃりと私の頭を撫でた。ゴツゴツとしたその手がひとしきり私を撫でると、マスターは寒いと口にしたにも関わらず、銀世界へと出かけていった。  いつもの材料(がらくた)探しか、見回りだろう。もしくは、戦闘に向かったのかもしれない。  寒いのに、マスターは雪が降る退廃都市を駆け回らねばならない。危険だからとマスターの研究所を出ることを禁止されている私には、マスターを止めることも、その寒さを和らげてやることもできなかった。  何か、私にできることはないだろうか。いつもお世話になっている分、マスターに恩返しがしたい。  ふと私は、マスターが先程まで使っていたホログラムに目がいった。どうやら、付けっぱなしで出掛けてしまったらしい。恐る恐る近づいて覗き込めば、そこには毛糸で編まれた長いタオルのようなものが映っていた。  これだ、と私は思った。この名前は知らないけれど、もしかすると少しは寒さを凌げるかもしれない。機械の温もりよりも、このタオルのようなものの方が、温かいのかもしれない(その可能性は低いけど)。なにより、マスターが見ていたのだから間違いないだろう。  私は、クローゼットにしまわれていたコートを取り出して羽織る。それから、マスターが作った携帯用の炎をポケットにしまい込み、玄関へと向かう。  ごめんなさい、夕方には帰ってきます。  心の中でマスターに謝罪して、私は人生で初めて一人で外の世界へと飛び出した。
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