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親父との再会
目を開くと眼の前が白い。なんだこれ? 死んだ人間にかける白布がかけられているのか。
正月だっていうのに、悪い冗談をする奴がいるもんだ。帰ってきた孫の誰かだろう。
取り去ろうと手を動かそうとするが、体が抑えつけられているかのように重い。腹周りもキツイ。帯でも巻いているのか?
なんとか顎を引く。着たこともない白い装束を身に纏っていた。……これってまさか死に装束じゃないか!? って寒い寒い寒い! 急に冷えが来た! 首も腋の下も腹がやけに冷える。ドライアイスだよなこれ……。友引が近かったから特盛にしやがったな……ということは俺は死んだのか。
穴という穴に詰め物の違和感があるし、息苦しさは――不思議とない。呼吸できなくても苦しくない。ああ、これは死んでるやつだ。
不意に頭上に気配を感じた。誰かいる。なんだ、誰なんだ? 死神か。もうお迎えが来たのか?
「圭次(けいじ)、迎えに来たぞ」
死んだ親父の声だ。懐かしさで胸が詰まる。何を言うべきか迷っていると、急に体が軽くなった。
天井から俺が俺の体を見下ろしている。幽体離脱ってやつか? それよりも、
「親父、何してんだ?」
当たり前だが、俺と顔立ちがそっくりだ。髪の量と質は俺のほうが負けている。事故で死んだ当時そのままの格好で、親父もまた浮いていた。
「オメェな、いくらかは俺より長生きしたけど、餅をのどに詰まらせて死ぬことねーべや」
「餅……ああ」
俺の特技に餅すすりというのがある。毎年これをやると孫たちが喜ぶもんだから、今年は調子に乗って二個増やしたらこのザマだ。
「歳を考えれや、歳をよォ。加齢による嚥下機能の能力低下をよォ」
初老の親父に呆れられる後期高齢者の息子。これほどマヌケな絵面はあってはならないことだ。とんでもない親不孝。いや、先祖不孝か。返す言葉も見つからずにうなだれていると、親父が俺の肩を叩いた。
「ンだ? 豆鉄砲でも喰らったツラしやがって。魂同士なら触れられるんだ」
「そうなのか……」
「そろそろ行くか。閻魔様が首を長くして待ってからよ」
「四十九日の法要が終わってからじゃないのか?」
「この時期は大変なんだわ。年越しのイベントでアホみたいなことをしでかす人間が多いのなんの。日本は年明けの餅だどもな。さっさと連れていかんと、せっかく積んだ徳が減らされるんだわ」
俺が絶句していると親父は、真剣な表情で話を続けた。
「言っちゃ悪いけどよォ、マヌケな死に方をした人間は、すぐにでも修行に行かにゃならん。来世はまた人間で、真面目にやり直させるためだとよ」
「え? 人間で確定なのか?」
「人殺したか? 放火したか? 金品を大々的に盗んだか?」
「いや、やってない」
「だろ? 餅を飲んで死んだ人間が、六道でいっちゃんいい天道に来る例なんてめっずらしいんだ」
ちゃんと人並みに生きて、品行方正で、長生きしろってことか。
「最後に、嫁とか子どもとか孫の声を聞きてぇか?」
俺は少し逡巡した。しばし、テーブルを囲んだ嫁や子どもたちを観察する。悲しむというよりも怒っているように見えた。
「……やめとくわ」
「音を消しといて正解だったな」
親指を立ててどや顔をしてみせる。まあ、そうなんだけど、少し腹が立つ。
「親父はなんで案内人みたいなことをしてるんだ?」
「徳を積んでよォ、早く人間になりたいんだわ。なんでかっつーと、酒をほどほどに浴びるほど飲んで、家族を作って、事故らんように長生きしてーんだ」
「人間界だと楽ありゃ苦もあるぞ」
親父はチッチッチと指を振る。所作が煽りがかっていて腹立つ。
「だからいいんじゃねぇか。わかってねーなァ。俺より長生きしたクセしてよ」
「悪かったな。で、徳はいいところまで貯まったのか」
「おう。オメェを連れて行くと、輪廻転生できる段取りになっとる。そうすっと、オメェの次男坊の子どもとして生まれるんじゃねーのかな」
「そこまでハッキリ決まってんのか」
親父は深くうなずく。ただただ、物語のネタバレを聞いているようだ。
「オメェは真面目に修行すれば、孫の子どもとして生まれ変われられっぞ」
「その話が正しければ、今度は親父が酒好きの面倒くさいおじさんになるわけか」
「そうなるわな」
正直面倒くさいところが多い親父だったが、生前時にまともに親孝行をした憶えもなかった。輪廻転生したら、おじ孝行するのも悪くないな。そう考えると、死んでも救いは残されているんだなと思う。上手い具合に人間界で課題を消化してから、天道でゆっくりしろということか。
「うし、行くぞ。修行は集中的に詰め込まれっけど、耐えに耐えてこなしてけば大丈夫だわや」
「わかった。ここで誓っとくよ。来世では餅を飲まない人間になる――ってな」
「そうだぞ。餅は食いモンだ。飲むのは、その道のプロの仕事だ。餅は飲んでも飲まれるな」
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