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両親からの関心も兄たちとは比べ物にならないほど薄く、幼い頃から楓都にかまってくれるのは秋昴くらいのものだった。
家の為に女の子を望んでいたのに、という父親の言葉を偶然聞いてしまった時の息苦しさは未だに思い出すと辛い。
そんな楓都の心を癒してくれたのは小学生の頃に保健所から貰って来た雑種の春太だ。
楓都は犬や猫が保健所で処分されていると知り、居たたまれなくなった。今思えば感覚的に自分と重ねてしまったのだと思う。
四条辻家としては当然どんなブランド犬でも買える訳だが、保健所の犬を飼うと譲らない楓都に両親は折れた。僅かだがイメージ戦略にもなるからだろう。
そして今日も楓都は無駄に広い芝生の庭で春太と遊ぶ。幼い頃はこの広大さをなぜか忌々しく思ったものだが、春太が来てからは大好きな場所になった。
この時間が一番癒される。
秋昴の婚約パーティーを明後日に控え、家の中はずっとザワザワしていて落ち着かないのだ。
楓都は初夏の日差しが気持ちよくて空を仰いだ。
当然ながら眩しい。しかし太陽の他にも何かが輝いたような気がしてその方向に目を向ける。
母屋の二階の窓に誰かいる。使用人が掃除をしているのだろう。
見かけない顔だと思いジッと見ていると、向こうがビクリと跳ねた瞬間視線が合った。
その刹那あり得ない衝撃が楓都を貫く。
胸が尋常じゃなく高鳴り身体が熱く燃えるようだ。
何だか分からないがハッキリ顔も分からないその人が愛おしくてたまらない。
あの人は〈運命の番〉だ!
そう確信した楓都は全力で駆け出した。
母屋に入り階段を駆け上がる。
なんだかとてもいい香りがする。
ほんの微かだか何とも爽やかで清々しくて心地よい。
さっき居たはずの窓辺に辿り着くがその姿はもうない。それもそうだろう。向こうは仕事をしているのだからいつまでも同じところで油を売っているはずもない。
「どうした、騒々しい」
応接室から秋昴が顔を覗かせる。楓都はさらに騒々しく駆け寄った。
「秋昴兄さん、この匂い分かる?」
「ん? 匂い?」
秋昴は匂いを辿るように首をくゆらせて答える。
「特別な香りはしないが?」
「じゃあ香水とかじゃないんだ。俺だけに感じるってことはやっぱり運命の番!」
「運命の番?」
秋昴は怪訝な顔つきで楓都を見る。その存在を教えたのは確かに自分だが、あくまで世の中に溢れるおとぎ話の一つとして。運命の赤い糸レベルの寓話に過ぎないはずだ。
「分かったんだ! 庭から見てて目が合った! そしたらピカーッて!」
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