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「あ、ゴメン! つい嬉しくて」
雫の目の前でテンション高く声を張り上げているのは綺麗な、というよりは可愛い印象の青年だ。
シュッとした鼻筋とシャープな顎のラインは精悍で男を感じさせるが、総じて童顔でキラキラと零れそうな大きな瞳は特に子供っぽい。
アスカの説明を思い出すまでもなく四条辻家三男、楓都だと雫は思い至った。
「雫さんだよね! さっき雫さんも感じたよね! 俺たち運命だ!」
この御仁は何を言っているのだろう?
痺れて火照った雫の頭でも楓都の言動がおかしなことは分かる。でも心が感じたこともない程喜びに溢れているのも事実で、雫はポカンと楓都の眩しい笑顔を見つめるしかなかった。
「楓都様!」
楓都を追いかけるように現れた楓都の担当者が呼びかける声が響く。それをほとんど無視して雫を見つめる楓都。
「失礼します。昼食の準備が出来ておりますので!」
担当者は楓都の腕を掴みグイグイと引っ張った。引きずられるように連れて行かれながら、楓都の無邪気な笑顔はずっと雫を見つめていた。
残された雫、そしてアスカも目を丸くしたままその場に立ち尽くす。その周りには使用人が集まりだしヒソヒソとした囁きが溢れ出す。
アスカはハッとして雫の背中を叩く。
「行こ! お腹ペコペコだよ」
そう言って未だ呆然としている雫を、アスカは食堂の隅の忘れられたような席に促した。
その空間は食堂というよりはオシャレなカフェのようで、様々なテーブルや椅子、ソファーなどがバランス良く配置されている。言わば共同のリビングで、窓辺や座り心地の良い場所などは大体誰が座るか決まっているのだ。
「どういうこと?」
昼食のトレーを置くなりアスカは問いかける。しかし雫にもさっぱり要領を得ない。
「分かりません」
「分かんないことないでしょ! つか、一体いつ会ったの? 何かビビビッて来たんじゃないの?」
「はぁ、さっき二階の窓からぼんやり外を眺めているのを見つかってしまって。怒られると思ってドキドキはしましたが……」
確かに凄い衝撃は受けた。あれが、未だ収まらない胸の高鳴りが、〈運命の番〉に出逢ったからだと言われても否定する材料はないが、肯定する確証はもっとない。雫はゆっくり息を吐きながら項垂れる。
「うーん。聞いた話だと運命の番って出逢った瞬間に激しく惹かれ合って、アレの期間じゃなくても全開って感じになっちゃうらしいんだよね。雫さん見る感じそんなんじゃないもんね」
「はい。今より学校で持久走やった時の方が苦しかったです」
ハハッと笑うアスカ。周囲で耳をそばだてている使用人たちからも微かに笑い声が漏れた。
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