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「じゃ、何か勘違いした楓都様の暴走かぁ。でも本当なら玉の輿だったのにね」
「まさか、四条辻家の方がオメガと結婚なんてなさるはずがないですよ」
「だよね」
二人は自虐的な笑みを浮かべつつお互い様、と言った風に肩を竦め食事を始めた。
その夜、雫はいきなりメジチから夜勤を言い渡される。
夜勤と言っても母屋の休憩室にいればいいだけらしい。家人から何かしらの緊急指示があればメジチに連絡するように言われた。
何もないのが前提で夜勤者はほとんど寝ているそうだが、翌日休ませなければいけないため作業者が減るのが惜しいらしい。
そんなことなら一週間ずっと夜勤でもいいのに、なんて思いつつ雫は深夜の休憩室でコーヒーカップを両手で包む。
じんわりと伝わる温もり。
雫はふと楓都の温かさを思い出し胸の中心が熱くなる。
あんなことは初めてだった。
視線が合った瞬間の衝撃も、突然抱きしめられるなんてことも。
そしてそれに驚きながらも全く嫌じゃないなんて。
心から湧き出した熱が身体全体にじわじわと広がってまた顔が火照りだす。緩む頬を打ち消すようにフルフルと首を動かす雫。
突然すぎて反応する前に訳が分からなくなってしまっただけだし!
そこに控えめなノックの音がした。
雫は慌てて立ち上がり返事をする。
「は、はい」
扉が開いて現れたのは秋昴だ。
楓都じゃないのか、と一瞬過った思考を必死になかったことにして雫は声をかける。
「ど、どうかなさいましたか?」
「入ってもいいかな?」
「え、あ、どうぞ」
いいも何もここは四条辻家のお屋敷なのだから秋昴が断る必要もないのに、そう考えながら雫は気付いた。もしや秋昴はオメガとアルファが同じ部屋で二人きりになることに気を遣ってくれているのだろうか?
「何かお飲みになりますか?」
「ありがとう。じゃ、スコッチをロックで頂こうかな。あ、私はグレンモーレンジ オリジナルが」
ポカンとしている雫に気付き、結局秋昴は自分で用意してくれた。精々お茶か何かだと思った自分の浅はかさに雫は格差を感じてちょっと疲れてしまう。
秋昴は雫の向かいに腰かけながら、雫にも座るように促す。
優しく穏やかな笑顔は本当にこちらの心も落ち着かせてくれるものだと雫は再び感心する。
「雫さんは楓都の運命の番なんだってね」
「え!? 違います!」
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