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反射的に応える雫に秋昴はクスっと笑った。
「そうなの? 楓都の勘違い?」
秋昴は頬杖をつきニヤリと上目使いで雫を見る。四条辻家の人間が勘違いなどするはずがない、という遠回しな恐嚇だろうか?
雫は身が縮み上がる思いで変な汗をかき始める。
「そんなにかしこまらないでよ。これはただの恋バナだからさ」
「こ、恋バナですか?」
秋昴の口から出るには意外な言葉に雫はついにやけてしまった。
「私は羨ましいんだよ。オメガが」
「え?」
アルファから、オメガが羨しいなんて嫌味でも聞いたことがない。
どこか物悲し気に微笑む秋昴を雫はじっと見つめる。
「私はね、性嗜好が世間で言うところのネコ、受け側なんだ。親父は理解を示して男性との結婚を許してくれたけど、敢えて口外はするなって言われてる。偉明とは心が惹かれ合ったんだから仕方がない、どっちがどっちかなんてその時の勢いで、みたいな感じに表向きはしてある。男性アルファじゃ基本バリネコなんていないことになっているからね。みんなお遊びで経験はするけど結婚相手は女性っていうのが常識。でも少なからずいるんだよ。バレたら結構迫害されるんだ。学生時代、それが原因で酷いいじめにあって自殺した子もいた」
アルファ社会でそんなことがあるなんて雫は考えたこともなかった。アルファの中でさらなるヒエラルキーが存在するなんて。
だとしたら、確かにそんなアルファは、受けることが前提とされている男性オメガより蔑視されてしまうのかもしれない。身近に虐める対象を探している奴らにとっては格好の餌食だろう。
「オメガは番うことができるだろ? なんかロマンティックだよね。愛した人と一生添い遂げる誓いを物理的に立てられるんだよ。特に運命の番なんて憧れないかい?」
身を乗り出してそう語る秋昴は乙女の顔をしていると雫は思った。そんな秋昴に雫も少し心がまろやかになる。
「それは、本当にそんなことがあるのなら幸せだとは思いますが……」
「楓都とは絶対に違う? 本当に何も感じなかった?」
雫は戸惑う。あの衝撃を、胸の熱さを思い出してまた顔が赤らむ。
そんな雫の様子に秋昴は嬉しそうに、ちょっと意地悪くニヤリとする。
「その顔は……何か感じたんだね? 私には絶対分からない感覚だからさ、興味があるんだ。どんな感じなんだい?」
ニコニコと話す秋昴の姿は、まだ何も知らなかった幼い頃のおしゃまなクラスメイトのようだ。
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