運命のいたずら

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 オメガは自分にその気がなくても生理現象としてアルファを惹きつけ誘ってしまう。オメガ個人にとっては月に一度の僅かな期間だが、アルファにとっては常に誰かが誘ってきているような感覚になる。  実際にフェロモンを野放しにして歩いている訳ではなくても、そういう存在がいると思うだけで迷惑だと幼い頃から刷り込まれるのだ。  そしてそんなに欲しいのならくれてやる、という思考も愚かな輩の中で増長された。  アルファに弄ばれるのは勿論、質の悪いベータにも当然のように玩具にされる。そうしても構わない、という空気がやはり漠然とこの国には纏わりついている。  その最下層にいる雫にとってはこの派遣会社に登録させてもらえただけでも幸運だ。雫はそう自分に言い聞かせて担当者の話に耳を傾ける。 「本当はね、雫さんの場合雇用条件にちょっと引っかかっちゃうから今まで紹介したことないんだけど、一週間だけの臨時ってことで先方も条件を緩めてきててね」  自分は雇用条件に引っかかるという言葉に雫は一瞬不安げな表情を見せた。つまりは雫にとっても居心地の悪い場所だといえる。  そんな雫に彼女はいつもの人懐っこい笑顔を見せて大丈夫よ、と続けた。 「四条辻(しじょうつじ)家、知ってるでしょ? 大財閥にこそ名前は連ねてないものの今やこの国の経済を動かす元子爵の一族よ。そこの使用人が全員うちからの派遣なのも知ってるわよね?」  それは雫も知っていた。なんなら四条辻家で働きたいがために、この派遣会社を選んでいる登録者も少なくないと聞いている。だがさすがに条件は厳しく、学歴のない雫には望んでも一生無理な職場だ。 「で、長男の秋昴(あきほ)様がご結婚なさることになって、まずはご自宅で内輪の婚約パーティーが来週開かれるのよ。内輪って言っても四条辻家ですもの、半端ないわよ。今や家を仕切っているのは秋昴様だって言うし、それは盛大でしょうね!  あ、違う違う、パーティー自体は専門の業者が取り仕切るから。コンパニオンやれなんて雫さんに言わないわよ。裏方として通常の使用人から数人出す話になってるんだけどね、予定外に発情期が重なっちゃって人員が足りなくなったのよ。もう準備は始まってて大変らしいの。それで、一般的な家事の方をする使用人を急遽補充して欲しいって依頼があってね」  雫は首を傾げる。発情期だからといって働けない訳ではない。適切な発情期抑制剤の摂取によりほぼ普段通り生活できるはずだ。  中には金銭的な理由や体質的な要因でフェロモンを抑えきれない人もいるだろうが、少なくともこの派遣会社に登録できている時点でそんな危惧はないはず。 「四条辻家の雇用条件に発情期休暇の取得があるのよ。発情期は必ず休まなきゃいけないの。使用人は敷地内の離れで寮生活、専属の医師までいるのよ。抑制剤費は四条辻家がお給料とは別に負担してくれるし、オメガにとっては最高の雇用環境よね。さすがこれから国を背負っていく財閥よ。考え方が先進的よね。あ、そういえば秋昴様のご婚約相手は男性なの。よくお許しになられたわよ。やっぱりすごいわ」
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