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思い出話
カナちゃんエスパー疑惑が浮上した後も、僕は色々と考えた。だけどいまさら「やっぱり警察行こう」などとも言えず、結局カナちゃんに留守番を任せたまま、大学に来てしまった。
大学に向かうまでの道中、カナちゃんが描いてくれたあの駄菓子屋がないかどうか、いつも以上に周りの風景に気を配ってみたものの、……結局そんな店は見当たらなかった。
ただ、絵として残せたのは大きな進歩だと思う。これで、夢の風景を忘れずに済むのだから。……カナちゃんが僕の心の中にある風景を描写出来た理由については、未だに謎だしこれからも謎のままだと思うので、考えないことにした。うん。彼女は普通の人間なんだ大丈夫。
「よぉ和馬!」
講義を終えて、学食で一人ぼーっとしていたら、僕の親友……だったらしい篠原玄太くんに、声をかけられた。
「や……やぁ……」
「なんだよその反応。シケるなぁ。隣いいか?」
「うん……」
やや強引に僕の隣に座る篠原くん。ダメとは言わせないオーラがある。
「……まだ何も思い出せないの?」
「うん……」
「俺が誰なのかも全然分からない感じ?」
「うん……」
「……通ってた高校も? 俺と過ごした青春も思い出せないワケ?」
「うん……」
「……。……俺と熱いキスを交わしたことは、覚えてるのか?」
「うん……」
「……俺の話聞いてねーだろ」
「うん……」
「うんじゃねーよこのやろう。お前とキスなんかしてたまるかバカ!」
「えっ?」
ヤバイ、カナちゃんのことが気になりすぎて、篠原くんの話を何一つ聞いてなかった。……ってか、キスって何だ!?
「ききき……キス!? 篠原くんと!?」
「なんでそこだけ聞いてるんだよテメェコラ!! してねーよ!! あと、『篠原くん』っていう呼び方がもはや違和感の塊でしかないからヤメロ」
「なんて……呼んでたんだっけ?」
「自分で思い出せ!」
……無理だっつーの。思い出せないから困ってるのに。めんどくさいから、適当なあだ名でもつけておくか……。
「あーっとぉ……、ブタゴリラ……だっけ?」
さすがにブタゴリラはないか……。篠原くんに殴られなければいいな。
「……なんだお前、ちゃんと覚えてるんじゃん」
……いやいや、マジ? 僕、篠原くんのこと「ブタゴリラ」って呼んでたのか!? 酷くないかそれは!! 自分で言っといてドン引きだよ!!
「……って言うとでも思ったかこのヘタレボンボンが! 誰が親友に『ブラゴリラ』なんてあだ名つけるんだよ!! ふざけんなよ!!」
……ははは、だよね。ちょっと安心した。
「冗談だって。悪いけど、全然思い出せない。なんて呼んでたの?」
「……もういい。篠原くん、でいい。『ブタゴリラ』よりはマシだ。お前、ぶっちゃけ俺のこと『ブタゴリラ』だと思ってただろ」
「うん……」
「俺の話、聞いてるか?」
「うん、今度はちゃんと聞いてる」
「一回ぶん殴っていいか? 記憶も戻るかもしれないぞ」
「暴力反対」
篠原くんは、深呼吸の逆バージョンのような、めちゃくちゃ深いため息をついた。
「……お前さぁ、本当に中身和馬なのか? 俺が知ってる和馬は、こんな女々しい男じゃなかったハズだ」
「……さぁね。もしかしたら違うかもね。僕にだってわからない」
「ユキにも振られたんだろ?」
「ユキ……? あぁ、僕の彼女だったらしい人? 振られたよ。だけど、ほとんど初対面みたいな人に『別れよう』って言われても、別にね……」
恐らく、その『ユキ』って人は、夢に出てくる女の子とは関係がない。記憶を失ってから『ユキ』には何度か会っているけど、本当に何も感じなかった。それに、彼女と知り合ったのは大学らしいから、夢に出てくる少女とは時系列的にも合わない。
「マジかお前。あんなに気合い入れて告白したのに!? そんなにあっさり諦めがつくなんて信じられん……。事故の衝撃で、誰かと中身が入れ替わったんじゃないのか!?」
「まさか、それはないでしょさすがに」
「じゃあ、妹の魂が乗り移ったとか?」
……篠原くんの口からスッと出てきた、妹という単語。やっぱり、新井和馬という人間といえば、「妹」なのか? そのくらい、僕と妹は切っても切れない関係だったのか?
「……悪い、軽はずみでいらんこと言った。今のは忘れて……」
「あのさ!」
なぜか謝ってきた篠原くんの声に、僕は自分の声をかぶせる。
「僕と、僕の妹って……仲、良かったの?」
真剣なまなざしで篠原くんを見つめながら、そう続けた。
「……それを覚えてないのは、俺からすると悲しいけど。ユキの話には全然食いつかなかったくせに、妹の話になった途端これだよ。もう察せるだろ? ……仲は良かったよ。ユキより妹のほうが彼女っぽく見えたくらい」
やっぱり、仲睦まじい兄妹だったらしい。……こっちは、夢の通りだ。
「……駄菓子屋とか、一緒に行ってたかな? 服は、白と青のワンピースだった?」
「知らねーけど、駄菓子屋くらい行ってたんじゃねーの? 梨々香ちゃんが普段どんな服を着てたのかなんて、そこまでは分かんねーよ」
「リリカ……?」
「妹の名前だよ。……マジでお前、天国で泣いてるぞ梨々香ちゃん」
「……篠原くんは、その……、リリカのこと、どれくらい知ってる?」
「どれくらい……って、ほとんど知らないよ。オレらが高三の時、梨々香ちゃんは高一だったから、絡みがあったのはその一年だけだし……」
……そっか、僕と妹は、同じ高校に通っていた時期があったんだ。だから篠原くんも、妹のこと知ってたのか……。
「だけど、死んだなんて……本当に信じられないな。俺だって泣きたくなるときあるもん。梨々香ちゃん、可愛かったし。お前が止めなきゃ、俺、告白してたんだけどなぁ……」
いや、ナイスプレイだ過去の僕。こんなブタゴ……ごふっ、篠原くんとあの子がお付き合いするなんて、どう考えても許せない。……あれっ? もしかして、僕って兄バカ……?
「……思い出したら、辛いと思う?」
とりあえず、篠原くんに聞いてみた。彼は、めちゃめちゃ何度も頷いた。
「絶対辛いだろ。むしろ、思い出しても今のままだったら、俺、ドン引きだわ。良くて引きこもり、最悪……自殺するかもな、お前」
……そこまでか。でもそう言われると、そうなる気がしてきた。夢の中のあの子が妹なんだとして、全ての思い出が一気に蘇ったら、……絶対におかしくなる自信がある。確かに、自殺も……
過去なんていう実体のないものに殺されるなんて、妙な話だ。記憶を失い、過去を無かったことにしているお陰で生きていられるんだとしたら、無いままにしておく方がいいのかもしれない。
……ってことはつまり、僕だって自殺予備軍ってことじゃないか。カナちゃんのことばっかり心配していたけど、僕も記憶が戻ったらただじゃ済まないってことだろ?
記憶ってなんなんだ、一体。
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