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 菱沼が動かなくなったのを見下ろしていたルカは、一つ息を吐き出した。掴まれていた手首はすっかり赤くなり、ルカはそれに目を落として独り言ちる。 「――――― ユーリに怒られるかな」  まあ、いいか。とソファから立ち上がり、ぐるりと一瞥して悠然と部屋を出た。  エントランスを抜けて外に出ると、すぅ、と車が目の前に停まる。何事もなかったのように助手席に滑り込んだルカを横目で確認して、ユーリはゆっくりとアクセルを踏み込んだ。真夜中を過ぎて、車も疎らな大通りを走りながら、ユーリはちらりとルカを見る。 視界に入ったものに思わず二度見した。 「ちょ…っ、ルカ、どうしたんだよ、その顔!」  赤く腫れた頬と血の滲む口の端にぎょっとしたような声を上げるユーリに、バツの悪そうな顔で頬を撫でながら「ちょっと」と言い辛そうに答える。 「菱沼に……」 「手首も赤くなってんじゃん!」  頬を撫でていた手を掴んだユーリに、ルカの方が慌てた。 「危ねぇ! 前見ろ、前!」 「それも菱沼?」 「ん」  手首を擦りながら頷くルカを目だけで見やって、ユーリは舌打ちを漏らす。 「用心しろっていつも言ってるじゃん。何でそういうの甘んじて受けるんだよ。……やっぱ俺が行けば……」 「あいつらに余計な傷を負わせるわけにはいかないだろ。それに……ユーリが手を汚すことはない」  ぶつぶつと不満げなユーリの言葉を遮って、ルカがはっきりと告げた。 ふと口を噤んだユーリに目を向けて、柔く笑んだ。 「こんなのすぐ消えるよ」  ユーリは眼を瞬かせ、物言いたげな顔をしたものの、前に目を向けて僅かにスピードを上げる。 「――――― 帰ったらすぐ冷やそうな、それ」  ぼそりと呟いたユーリを見やって、唇だけで笑んだルカは素直に頷いた。
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