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ユーリは驚いたように目を瞠って見せる。
「それって犯罪じゃないの」
彼女らは片目を眇めて頷いた。
「真ん中の偉そうなアイツ、ストライプのジャケットの。あれ、代議士の息子で悪い事しても大抵のことは揉み消されるらしいの」
「……へぇ……いつもあのメンバーなの」
「うん。大体六人でつるんでる」
「あいつらに引っ掛かるのは、実情を知らない外の子ですよ」
「そんな質悪いんだ、あいつら」
「最悪」
ふぅん、と頷いて、ユーリはカフェ内の時計を見やり立ち上がった。
「ごめん、そろそろ行かなきゃ」
「え、もう行っちゃうんですか」
「ごめんね。あ、そうだ。ここってテイクアウト出来るかな」
喧騒から逃れて静かな部屋に戻ると、妙な安心感に包まれて知らず息を吐く。
「ただいま。お土産だよ、ルカ」
リビングでノートPCに向かっていたルカが顔を上げ「お土産?」と繰り返し、小さく鼻を動かして目を瞬かせた。
「いい匂いがする」
その言葉にユーリは笑ってカフェテリアで包んで貰った紙袋を差し出す。早速がさごそと開けてみたルカは、紙ナプキンで包んで中身を取り出した。
「コロッケ?」
「カニクリームコロッケ。すげえ美味いよ」
「マジで!」
目を輝かせて「いただきます」と齧りついたルカは大きく目を瞠る。
「美味いだろ」
得意げに問うユーリにこくこくと頷いて、ルカはあっという間に二つのコロッケを平らげてしまった。それを見ていたユーリはふとテーブルに目を向け、広げられた論文の束と送信済みと表示されたメール画面を認めて眉を顰める。
「――――― ルカ。もしかして、チャットの後からずっとこれやってた?」
「え? ―――― あ。……だって、依頼入っちゃったし、こっちの締め切りを破るわけにはいかないし」
唇を尖らせて言い訳を並べるルカに、ユーリは盛大な溜息を吐いた。
「取り敢えず、ちょっとでも寝てきな。話しはそれから」
「……風呂入りたい」
「起きる頃入れるように用意しとくから、寝て来い」
強く言うと、やっと諦めたように腰を上げ、渋々と寝室に向かう背中を見送って、ユーリはテーブルを片付け始める。散らばっている紙を集め、英字の並ぶそれをノンブルの通りに並べ替えた。
「――――― 俺には何が書いてんだかさっぱり分かんねえ」
翻訳の仕事をしているルカは、英語とスペイン語を得意とするのと、仕事が早いのとで常にどこかから依頼が来ている。ただ、感情を伴う物語的なものは苦手で、論文やエッセイ等が多い。
英語をスペイン語に、など、海外の出版社からの依頼も少なくなく、そのほとんどを二つ返事で受けてしまうので、見るたびにノートPCの前で紙に埋もれている。常々、休憩を挟め、と言っているのだが、没頭してしまうと時間の感覚がなくなるらしい。
今も、例のチャットからついさっきまで仕事をしていたということは、さっきのコロッケが今日初めての食事だろう。大きく息を吐き出してユーリはキッチンに入った。
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