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ルカが起き出してきたのは、四時間ほど経ってからだった。目を擦りながら「おはよう」と律儀に挨拶するのに笑って「おはよう」と返す。
「風呂沸いてるよ」
「ん、入ってくる」
バスタオルを渡すと、まだ覚醒しきっていないのではと思わせるほどの素直さで、ほてほてとバスルームへ向かった。二十分ほどで上がってきたルカは、長袖のTシャツと黒のスウェットを着て、リラックスした顔で頭を拭きながらソファに座る。
「テーブル、ちょっと空けといて。あと、ちゃんと髪乾かせよ」
「――――― ユーリって母親みてぇ……」
ぼそりと零れたルカの呟きは、キッチンまでは届かなかった。ノートPCを畳み紙の束を集めて適当に揃え、一瞥してゴミ箱に突っ込む。言いつけ通りに髪を乾かし終わったところでユーリが食事を並べた。
ミルク風味のリゾットとミネストローネ、たっぷりのサラダとフルーツ。いただきます、と共にひょい、と伸びた白い手がカットしたオレンジを取った。サラダとフルーツをひとしきり食べて、まだ熱々のリゾットを頬張る。美味しそうに食べるその様子をにこにこと見ながら、ユーリも豪快に平らげていった。
「ごちそうさま。美味しかった」
きちんと手を合わせたルカに「お粗末さま」と答えて、ユーリは食器を下げる。その間にノートPCを起動したルカは、あっという間に何かのデータを呼び出していた。画面を覗き込んだユーリは、写真と略歴の並ぶそれに眉を寄せる。
「なにそれ」
「城聖学園のデータベース。在籍中の生徒の一覧」
「今の間にハッキングしたのかよ」
「セキュリティ甘くて簡単だったよ」
滅多に笑わないルカが、にやり、と口の端を上げて笑んだ。それから長い指でつい、と画面を示す。
「今日見た奴らの顔、覚えてる? 名前とプロフィール頭に入れるから」
言われて、ユーリは次々表示される顔を瞬きもせずに見ていった。
「こいつとこいつ。あとこいつもいた。それと……」
六人全員をピックアップし、ルカは学生たちのプロフィールと顔を頭に入れる。十分も待たずにルカは「OK」と顔を上げてデータを消した。それから暗誦を始める。
「菱沼征吾、岸原光、島崎桂、日野浩介、山村伸也、櫛本悠基 ―――――― 」
つらつらと淀みなく上げ連ね、揚句はそれぞれの単位取得の状況まで並べる。
「そこ、いらなくね?」
「うん。俺もそう思う」
余計なとこまで覚えちゃった、と唇を尖らせ、ユーリに尋ねた。
「主犯格は菱沼?」
「そう。代議士の父ちゃんが揉み消してくれるんだって」
「一人一人当たるのは面倒だな。全員揃ったところで、いっぺんに片づけられるといいんだけど」
マウスに置いた手の指でとんとん、とリズムを取りながら言うルカに、ユーリも考える。
「全員かあ……。乱交パーティとかしてそうだけど、今日はそんな話出てなかったな」
「乱交パーティ……そこまで行かなくても、どこか溜まり場はあるんじゃねえかな」
「合コンや声掛けて来た女を連れ込む場所、か」
「さすがに吹聴して回るほど浅墓じゃないだろうから、行きつけの店とか」
不自然じゃないような接触を図るために、六人揃っている時がいい。間違いなく一緒に行動している時。例えば。
「合コンで使う店は大体決まってるんじゃないかな」
「多分、自分たちのテリトリーから離れてセッティングすることはないだろうから、……大学からそう遠くない、この界隈」
画面に地図を表示して、マウスで印をつける。
「相手も六人揃えるなら最高十二人。……とすると、…こことこことここが妥当かな」
円で囲まれた範囲の店を思い出しながら、ユーリはキャパを擁する店をピックアップする。
「ユーリ、近いうちにこいつらが合コンやらないか探ってきてよ」
「了解。ルカ、カニクリームコロッケ気に入ったんだろ」
悪戯っぽく笑って言うと、ルカも小さく舌を出して笑った。
「バレたか」
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