1. 魔窟

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1. 魔窟

 アーゼルが住む村は、魔窟(まくつ)を封じるために造られた。  封じるというのは、正確な表現ではないだろう。  魔窟へ通じる道を閉鎖するために、大規模な駐屯兵団を置いたのが始まりだと伝わる。  魔に(あらが)うなど、人の身で可能な(わざ)ではない。  出来るのは、新たな犠牲者を生まないように人を追い払うこと。  それに、魔窟に巣食うという化け物を、無闇に刺激しないことだ。  山の中腹に空いた穴は地下城へと続き、そこに人を喰らう何物かがいるのだとか。  穴の入り口からも瘴気(しょうき)が溢れ出ているため、一帯全てを禁足地とし、鉄柵で囲ってある。  柵の周りを警戒するのが、兵団の子孫である村人の役割だ。代々、村の男は十五歳になると、皆が魔窟の守備に就役した。  昨秋からは、アーゼルも週に三回、村と警備詰め所を往復している。  野生生物は魔窟へ近づく愚を犯さないが、人間は違う。  稀に柵を越えようとする馬鹿が現れるため、この半年でも五人が拘束された。  まだ新入りの彼に、大した仕事は割り振られやしない。周回警備すら担当させてもらえず、侵入者の後始末や掃除に追われるのが関の山だ。  それでも年を経れば、やがて班員を束ねる立場になり、更には隊の指揮を執ることにもなろう。  村に於いて最大の名誉は、警備隊のトップへ上り詰めること。重い病に(かか)った彼の父は、そのもっと手前で亡くなった。  父に代わってアーゼルがその道を上るのだと、つい一ヶ月前までは意気軒昂としていたものを。  非番の夜、自室で護身ナイフを手入れしていた彼は、ノックの音で手を止めた。  扉を開けた妹のハナが、無言で小さく首を横に振る。 「熱は下がらないのか?」 「全然。顔の斑点も増えてきた」  ハナが物憂げに伝えたのは、母の容態だ。  もう五日以上、ベッドに臥せったままで、回復する兆候は見られない。  父と似た症状に、兄妹の不安も募る。  魔窟病――村に特有の致死の病は、こう呼び慣わされてきた。僅かな瘴気が村へも届き、身体を蝕むのだと言われる。  この土地に暮らす者の(ごう)のようなもので、病気自体は受け入れるしかなかろう。  だが、罹患するのは大半が年寄りであり、通例からすると彼らの両親はあまりに若い。  まして魔窟に近づく機会の無いアーゼルの母は、病気とは無縁と考えられていた。 「薬も効かないし、そろそろ警備隊へ報告しないと……」 「まだだっ。まだ治らないと決まったわけじゃない」  魔窟病には報告義務があるものの、特段、何か対処してくれたりはしない。より村から離れた場所に埋葬されるくらいだ。  下手に病気を確定されるより、ギリギリまで隠しておきたいと、アーゼルは考える。  母はただの流行り風邪だった――そう皆には伝え、また普段の生活へ戻れよう。  彼は妹を部屋から追い払い、打てる手を考えて夜を更かす。  治療法はある。  あるはずなのだが。  逡巡するアーゼルが意を決したのは翌朝、朝食でハナと顔を合わせた時だった。
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