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(この想いが叶わなくても、こうして隣にいられるなら、私はそれだけで充分)
「美咲さん」
彼の横顔を見つめていると、柏木さんがこちらを向き、不意に私を下の名前で呼んだ。初めてファーストネームを呼ばれたことに、ドキッとする。
「は、はい」
どぎまぎとして柏木さんの顔を見上げると、柏木さんはスーツケースから手を離し、私に一歩近づいた。そして、真剣な目で私の瞳を見つめると、
「僕はあなたが好きです」
とはっきりとした口調で告げた。突然の告白に驚いて、一瞬、何を言われたのか分からなかった。
(今、私のこと、好き……って)
けれど次第にその言葉の意味が体に染み込んで行き、心臓の鼓動が早くなる。頬に血が上った。たぶん今、自分は、この上なく真っ赤な顔をしているに違いない。
「でっ、でも、私フラれ……」
気が動転して、声を詰まらせながら、やっとの思いでそう言うと、柏木さんは弱ったように微笑み、
「その際は、申し訳ありませんでした。あなたを深く傷つけてしまった。でも、気づいたんです。僕はあなたが……」
右手を伸ばして、私の頬に触れようとした時、ポン、と私のスマホの通知音が鳴った。
「えっ!?あっ、私のスマホだ。すみません……!」
間の悪さに気まずく思いながらも、慌ててスマホをトートバッグから取り出し、通知を見ると、メッセージアプリに、一色君からメッセージが届いていた。急いでアプリを開けると、『お疲れさま。イベントどうだった?家に帰ったらゆっくり休みなよ』とねぎらいの言葉が書かれている。柏木さんが私の横からスマホを覗き込み、
「一色君からですか」
とつぶやいた。
私は、液晶画面に指を滑らせると、
「『イベント楽しかったよ。今日は来てくれてありがとう』……っと」
文章を入力し、送信ボタンを押した。するとすぐに既読になり、『クリスマスは他に何も出来なかったから、代わりに、年が明けたら一緒に初詣に行こうよ』とのお誘いが返ってくる。
『うん、いいよ』と入力し、送信ボタンを押そうとした時、柏木さんが私の手からひょいっとスマホを取り上げた。そして、勝手にメッセージアプリを終了させてしまう。
「か、柏木さん?」
驚いて振り向くと、突然、肩を抱き寄せられ、私のスマホでパシャリと写真を撮られた。
「???」
訳が分からなくて戸惑っていると、柏木さんは、
「はい、どうぞ」
と言って私にスマホを返した。そして、
「その写真、一色君に送っておいてくださいね」
と悪戯っぽい表情を見せる。
「……っ!」
(えっ、もしかして、嫉妬、とか?いや、でも、柏木さんに限ってそんなことは……)
頬を火照らせながら、声を出せず口をぱくぱくさせていると、彼は手を伸ばし、もう一度、私の体を抱き寄せた。
「好きですよ。美咲さん。……僕以外の人を見ないでください」
耳元で囁かれ、更に体が熱くなる。
(ああ、もうダメ……)
そう思った途端、足元から力が抜け、私はその場にへなへなと座り込んでしまった。
「えっ?美咲さん!?どうしたんです!?」
柏木さんの慌てた声が遠くに聞こえる。
私はぼんやりする意識の中でその声を聞き、ただただ幸せを噛みしめていた。
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