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やっと熱が下がり、私はアルバイトに復帰した。と言っても、今日が『風音』の年内最終営業日だ。
今日は小雨が降っているが、空は明るく、今にも止みそうだった。
私が傘を差しながら『風音』に行くと、ちょうど店の中から司君が出てきた。複雑に編み込まれた髪や、化粧、おしゃれな服装は以前のつかさちゃんのままだ。
司君は私の姿に気づくと、ばつの悪そうな顔をした。そして、口を開くと、
「今、店長に、バイト辞めますって言って来た」
と言った。
「えっ!?」
驚いて瞬きをする。
「俺、本気で逃げることにしたんだ。クリスマスに家に帰って来た両親に、自分の気持ちを伝えたんだけど、やっぱり分かってもらえなかったから」
「そうなんだ……」
私は顔を曇らせたが、司君はどこか晴れ晴れとした表情をしている。
「東京に行きたい美容専門学校があるんだ。とりあえず、東京でひとり暮らししようと思ってる」
「つかさちゃんは、そう『選択』したんだね」
私がそう言うと、司君は頷いた。
「つかさちゃんは、やっぱりつかさちゃんなんだね」
「俺、この姿、気に入ってるんだ」
司君の笑顔に釣られて、私も笑顔になった。
「うん、いいと思う」
「じゃあね」
司君は私に手を振ると、歩き出した。手ぶらの司君に声を掛ける。
「傘、貸そうか?」
「いらない。だってもう止んでるよ」
そう言って司君が指差した空には、大きな虹が掛かっていた。
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