5.踊る指先

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 一色君はやや興奮した様子で、 「俺、オープンキャンパスの時に道に迷って、たまたまここの寺に迷い込んだんだ。せっかくだし中見てこうって、軽い気持ちで入ったんだけど、中に入ってびっくりっていうかさ、もうあの足利将軍像見た瞬間、雷に打たれたみたいに、ビビッて来て!うわ、マジやばい、すげーってなって。俺、鎌倉出身で、寺とか身近にある環境で育ったから、同じように寺が多い京都に親近感持ってたんだけど、この寺に来てから、大学ぜってぇここに来たいって思ったんだ」 そう言うと、目を輝かせて笑った。 「なんかあの将軍像見てると、悩みごとがあっても吹っ飛ぶっていうか、頑張れる気がするんだよね。それにここの庭も、マジ癒されるし。マイナスイオンっていうの?いいよな~!そういえば弥生さんって、史学科だったっけ。室町幕府とか詳しいの?俺、ばーちゃんが大河ドラマ好きだったから、小さい頃、よく一緒に見てたんだよね。だから日本史も結構好き」 「一色君が歴史好きだったなんて、なんだか、意外です。それに、こんな風に、ひとりでお寺に来るのも意外です」  私が思ったままのことを口にすると、一色君は、「そう?」と首を傾げた。 「一色君の周りには、いつも人が集まっているので、ひとりでいるより、誰かといる方が好きなのかなって思っていました」 「誰かといるのはもちろん好きだけど、俺だってたまにはひとりきりを満喫したい時もあるよ」  私の問いかけに、一色君は肩をすくめて苦笑した。 「弥生さんはどう?」  逆に問い返されて、思わず答えに詰まる。 「私は……やっぱり、ひとりきりが好きです。気楽です」  ぽつりとこぼすと、一色君は「そうなんだ」とつぶやいた。そして、 「その割には、いつも寂しそうに見えるけど?」 私を試すかのように、顔を覗き込んだ。間近に見えた一色君の瞳に、息を飲む。  男子に近づかれ、思わず緊張してしまった私に気がついたのか、一色君はすぐに離れると、いつもの人懐こい笑みを浮かべた。 「とりあえず、敬語やめね?俺たち、タメなんだし」  毛氈から立ち上がり、背伸びをする。 「萌花と約束あるし、そろそろ行くわ。弥生さん、昼ご飯行きたくなったら、いつでも声かけて。俺、昼は大抵、西側広場の辺りにいるから」  そう言ってひらひらと手を振ると、一色君は書院から出て行った。 *
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