5.踊る指先

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「ピアノ習ってるの?」  楽器店の前から離れ、再び三条会商店街を歩きながら問い掛けると、つかさちゃんは、 「うーん、習ったって言うかぁ……」 と言って唇に指を添えた。 「両親が音楽家なので、子供の頃から仕込まれていたんです。いつの間にかそこそこ弾けるようになってました」 「そうなんだ。つかさちゃんはご両親みたいに音楽家を目指さなかったの?」  話の流れで何気なく問いかけると、つかさちゃんは難しい顔をして首を振った。 「両親は音大に行くよう言って来たんですけど、あたし、自分で、そこまで才能ないの分かってましたし」 「えっ?あれだけ上手なのに……」  思わず「もったいない」とつぶやいたら、つかさちゃんは苦笑いをした。 「別にあたしは音楽家になりたいと思っていませんでしたから。かと言って、他にやりたいこともなかったので、今はこうしてフリーターやってまぁす。まあ簡単に言うと、逃げたんですよぉ」  冗談めかして言ったつかさちゃんは笑顔だったが、私は、彼女の笑顔の裏に、何か複雑な感情が潜んでいることを感じ取った。 (何か、あったのかな?)  進路を決める時、彼女を悩ませる出来事があったのかもしれない。  そうは思ったが、私はあえて何も聞かず、 「『逃げ』じゃないよ。つかさちゃんは『選択』したんだよ」 と言った。 「『選択』?」  つかさちゃんが怪訝な表情になる。 「その時、つかさちゃんは、もしかすると『逃げた』のかもしれないけれど、それってそんなに悪いことなのかな。どうしてもつらくて逃げ出したい時は誰にでもある。でも逃げた先には未来があって、もしその未来が、少しでも自分で納得出来るものになるのならば、それは『逃げ』じゃなくて、あの時の自分は『選択』をして、それは『正解』に繋がったんだって思えるようになると思うんだ。だから『正解』を導き出すために、逃げた先で、自分の出来ることをしていけばいいんじゃないかな」  にこっと微笑んで見せると、 「美咲さんも……逃げたことがあるんですか?」 つかさちゃんが私の顔を見て、神妙な面持ちで尋ねた。私は苦笑いを浮かべて、 「うん」 と頷く。 (私は、高校時代の思い出が辛くて、東京から京都に逃げて来た)  心の中で告白する。  つかさちゃんへの言葉は、つかさちゃんと自分を重ねて、自分に言い聞かせるためにも、口から出たものかもしれない。 「自分の出来ることかあ」  つかさちゃんは遠くを見るような目をしたが、すぐに私を振り向くと、 「ありがとうございます、美咲さん」 晴れ晴れとした表情でお礼を言った。 「なんだか、ちょっとすっきりしました」 「そう?」  笑顔の彼女を見て、「良かった」と思う。  その後、私はつかさちゃんと一緒に老舗の純喫茶に入り、ホットケーキを食べながら、しばらくおしゃべりを楽しんだ後、解散をした。 *
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