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朝、学校に向かうために自宅の玄関を出た途端、女性に声をかけられた。暖房の効いた自宅とは違い、外は寒い。空気が冷たい。そう思うよりも早く声をかけられたのだから、家の前で待ち伏せしていたのだろう。
真っ白なパーカーのフードを深くかぶっているため、顔はよく見えない。しかし、チェックのスカートに白いタイツ。茶色のローファー。その話し方と女性らしい高く澄んだ声から、おそらく女性なのだろう。白のパーカーの首元に巻かれた真っ赤なマフラーが特に目を引いた。
「奥村賢人。十六歳。男性。高校生。間違ってる?」
「……それがなにか?」
人違いです。そう言って立ち去れば良かったのに、僕は足を止めてしまっていた。女性から声をかけられ、少し期待していたのかもしれない。
「私、あなたに伝えなければいけないことがあるの」
そこまで言って、彼女は言い淀んだ。彼女は緊張して言葉が出ないんじゃないか。もしかして本当に愛の告白をされるのではないかと期待している自分がいる。
「その前に、あなたは誰なんですか? 会ったことありました? 顔もフードで隠れていて分からないし」
彼女に見覚えはない。告白をされるにしても、相手が誰なのか分からないでは返事のしようがない。
「名前……名前が必要?」
不思議なことを聞く。僕が頷くと、彼女は少し考え「私の名前、何だと思う?」そう尋ねた。
クイズのつもりなのだろうか。名前を質問したのはこちらなのだが……。自分が答えを返さずにいると彼女は「名前、何だと思う?」ともう一度尋ねた。どうやら、僕が答えるまで名前を明かすつもりはないらしい。
見知らぬ他人の名前なんてノーヒントで正解しようがない。予想すらつかない。
「アン……とか?」
僕は朝のワイドショーに出ていた若手女優の名前を言った。
「うん、正解。私の名前はアン。よく分かったね。勘がいいんだ」
バカにしているのだろうか? 嘘に決まっている。本当の名前を告げる気はないのだろう。
「出来れば顔も見せてほしい」
「……どうしても?」
彼女は渋るように言う。僕は一度ため息を付いた。吐いた息は白くなり、すぐに消える。
「どうしても。何か顔を見せられない理由があるんですか?」
「……恥ずかしいからよ」
小さい声だが、なんとか聞き取れた。彼女は自身の顔によっぽど自信がないのか。
僕はその答えがおかしくなり、吹き出していた。
「……っ」僕の態度に怒ったのか彼女は一度地面を強く踏みつけ「ああもうっ。これで満足なのっ?」
勢いよくフードを外した。切れ長の目が少し冷たい印象を受けるが、なぜフードで隠す必要があるのかわからない程度にはきれいな顔をしていた。見とれてしまっていたらしい、目が合うと彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。
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