火神の廷にて

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 意中の相手にこちらの誠意を伝えるには、いついかなるときでも行動あるべき、とユリウスは考えている。具体的に言うと、まめに顔を出したり、せっせと贈り物をしたりだ。それらすべてが実はユリウスからの一方通行であって、彼女からの働きかけが今までただの一度もないという事実に、彼はまだ気付いていない。ある程度は心を通わせ合えていると、鈍感な火神は思いこんでいる。  そんな自身の行動が、客観的に見ればかなり不審者じみた行為であることも当然のごとく頭にのぼることはなく。手土産の真白い花束を手に、ユリウスはその日もまめまめしく朱夏宮(しゅかきゅう)を訪ねていた。……早朝から。 「これほど朝早くから貢ぎに来るとは、お前も暇だな……ユリウスよ」  天界の朝は霧が濃い。  それでもようやく開けてきた視界に入ったのは、豊かに波打つ水色の髪を緩くまとめ上げ、男なら誰もが魅力を感じるであろう素晴らしい身体つきの美女だった。  気の強そうな切れ長の瞳に皮肉の色をたっぷり浮かべ、美女は言う。 「お前もいい加減、貢いでばかりいないで、たまには外出の誘いでもしたらどうだ。ただただ貢ぐばかりではそこらの変質者と何ら変わりはないぞ?」 「メ……メサティムヌ殿! これは貢いでいるのではなく、私からエリアーデ殿への心のこもった贈り物なのだ」 「貢ぎ物だろ?」 「断じて違う!」  そんな世間話をしているうちに、朝霧はすっかり晴れ、静謐な雰囲気をたたえた宮廷が姿を現した。  火神の廷とは違い、立派ではあるが無駄な華々しさはなく、ちいさくまとまった造りだ。ぐるりと敷地を取り囲む円状の生け垣は緑豊かに来訪者を出迎え、暖かな乳白色で統一された外観は見る者に優しい印象を与える。豪奢な装飾がない代わり、さまざまな植物の鉢植えがそこかしこで建物を彩っていた。  ユリウスは、目の前の朱夏宮と腕に抱えた純白の花束を交互に見比べた。 「エ、エリアーデ殿はもう起床されているだろうか……」 「さあ。どうだかな」  と、ここで初めてそのことに気付いたかのように、ユリウスは隣の美女に尋ねた。 「ところで、メサティムヌ殿はいったいどうしてここへ?」  訊いたとたん、ぎろりと睨まれる。  ユリウスとメサティムヌの身長はたいして変わらない。ゆえに至極間近でその視線と相対したユリウスは情けないことに首をすくめてしまった。しかしメサティムヌは特に何か言うでもなくすぐに目を離すと、朱夏宮の門を見ながら、 「どうということはないさ。ただ、昨夜エリアーデの様子がおかしかったのでな。……お前よりはずっと健全な訪問理由だ」 「私だっていたって健全なつもりなのだが」 「つもり、じゃ話にならんだろうが。……仕方ない、こんな下心男とともに行くのは不本意だが、さっさと中に入らせてもらおうか」  言って、すたすた先を歩き始める。  朱夏宮の門は通常、無数の蔦がびっしりと絡みついていて、来訪者自身が開けることは難しい。だが、メサティムヌが門の中心にある装飾へ軽く手を触れると同時に、蔦はまるで退化するかのごとくするすると、門を拘束から解き放った。 「……羨ましいか?」  肩越しにこちらを振り返り、からかうような笑みを浮かべる彼女へユリウスは、 「い、今はまだいいのだ!」  強がってみせるが、本当はかなり羨ましい。  エリアーデとメサティムヌは仲が良い。いわゆる親友だ。だからこそこうして門も簡単に開く。それは、この朱夏宮の主――つまりエリアーデが、彼女には自由な出入りを許している、という証だった。  もちろんユリウスはそんな許可を得てはいない。いつも律儀に呼び鈴を鳴らしている。いるが、エリアーデ自身が出迎えに来てくれることはほとんどなく、そのまま門前払いも少なくはなかった。 (そんなときは必ず、あの小僧が取り次ぐのだ)  脳裏に浮かんだ、憎い相手の姿に沸々と怒りとも嫉妬ともつかない感情を燃えあがらせながら、ユリウスは朱夏宮に踏み入った。  外観と同様、乳白色の壁が続くエントランスに、ふたりぶんの足音が静かに響く。それ以外は、風がそよぐ音しか聞こえず、静かなものだ。  メサティムヌがおもむろに立ち止まった。 「……おかしいな。いつもならエリアーデがすぐに出迎えてくれるのだが」 「まだ休んでおられるのでは?」 「それにしたって、普通使徒が取り次ぎに来るだろう。私が来たのは伝わっているはずなのだから。朝早いとはいえ、まさかふたりとも寝てるのか?」 「……あの職務怠慢小僧め……」
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