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銀色の天使
群青色に広がる空のもと、荘厳な佇まいを見せる建物がある。近隣でも群を抜いて広大な敷地に広大な庭園。象牙色で統一された壁には金銀細工が施され、朱塗りの屋根をいっそうきらびやかに引き立てる。
火神の廷、と周りの者は呼ぶ。
そのなかのとある一室。普段なら団欒のときを過ごすはずの空間で、火神ユリウスは綺麗に磨かれた床をがんがんと踏み鳴らしていた。
「遅い。遅すぎる! ほかの三人はまだ来ないのか!?」
せわしなくぐるぐると歩き回っては立ち止まり、その艶やかな長い黒髪を振り乱す。
「ああ……こうしているあいだにもあの不埒者は人間界でぬくぬくしているに違いないきっとそうなのだおのれあの若造め灼熱の業火で灰塵に帰してくれよう……!」
両の拳を握りしめ、地を這うがごとき唸り声をあげるさまはとうてい神と称する者には見えない。その額に不粋な青筋が浮かんでおらず、端正な顔を険しく歪めてさえいなければ、美丈夫と評される見目ではあるのだが。
「でもよう火神さま」
そんな火神へ声をかける者がいた。
「なんでほかんとこで起きた揉めごとを俺らが片付けなくちゃなんねぇの?」
いまは何も焚かれていない暖炉の手前。多人数掛けの長椅子に寝そべり、人間ならば十代後半に見えただろう少年は至極つまらなさそうに呟いた。
「俺あいつ気に入らねんだよなー……。愛想ないしさ」
火神の乱心にはまったく関心を示さず、胸にさげたペンダントをひっくり返しては遊んでいる。
ユリウスは狂気じみた勢いで首をぐるんと彼のほうへ向け、
「何を言っている、紫鳩! いいか、エリアーデ殿が大変心を痛めていらっしゃるのだ! こういうときこそ助けの手を差しのべるのが男というもの――」
「さすがユリウス様、好感度の上げ方に手段を選ばない」
「しっ、東雲!」
第三者の声を聞いて振り向けば、いつの間に来たのやら背の高い黒髪黒ずくめの青年がひとり、扉のそばでにんまりと笑っていた。
「どうもどうも。遅ればせながら参じました」
猫を彷彿とさせるしなやかな身振りに飄々とした語り口。全身を包む黒を緩和するほどの爽やかな笑顔で彼は歩み出る。
「わ、私はそのような下心ではなく純粋にだな……いや、そもそもあとふたりはどうした」
「そのことなんですけどね」
黒衣の青年は大げさに肩をすくめた。
待ちきれないと言わんばかりにユリウスが詰め寄る。
「だからどうしたと言うんだ」
「え、聞きたいですか? 大変な事態ですよ」
「それはわかっている!」
「おや、どうでしょう。ユリウス様の認識以上かもしれませんねえ?」
己が主の焦燥などいざ知らず、いかにもわざとらしく東雲は両腕を広げ、長椅子の紫鳩へと視線を転ずる。
「出番だよ、紫鳩くん」
「は?」
「あの鉄砲姫はどうやら人間界へ行ったらしい」
「……は?」
矛を向けられた少年はぽかん、と口を開けて黒髪の青年を見上げた。事情が飲み込めていないのは明らかである。
「て、鉄砲姫……とはまさか」
「おやユリウス様はお察しが早い。そのとおり、どうやら香姫はすでに人間界へ行ってしまったようですよ」
一瞬と言うにはいささか長い沈黙がその場を占めた。
そして。
「なっ、なんだとおおお!?」
敷地全体を揺るがすほどの勢いで、ユリウスは半ば泣きの入った怒声をあげたのだった。
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