火神の廷にて

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「大っ嫌いって言われてもねぇ……」  さしたる驚きや困惑もなく、東雲は呆れた面持ちで紫鳩を眺め遣る。 「だいたいお前は性格悪すぎ! どんだけ腹んなか真っ黒にすりゃ気がすむんだよ!?」 「あーじゃあ行けるとこまで」 「行くな! 止まっとけ!」  紫鳩はまだ何か喚いていたが、東雲はどこ吹く風だ。  ふと、東雲の感覚に馴染みの気配が触れ、それに誘われるように部屋の扉に視線をうつす。  だかだかと、荒い足音が聞こえ始めた。  とりあえず(あるじ)として、あの荒っぽさというか雑さ加減はどうにかならないものかと東雲はごく、ごくたまに思ってはいるが、面倒なので一度も指摘したことはない。そんなところも個性の一環と思えば上々だ。  気がつけば紫鳩も気配を察したのか、喚くのをやめて主が現れるであろう扉を見ている。  そして、両開きの扉が派手な音とともに開かれ、火神ユリウスが姿を現した。 「お帰りなさい、我が主」  にこやかに迎えた東雲と目が合うと、ユリウスはぴたりと硬直した。そのまま半眼になって、 「……お前の笑顔がやけに爽やかだと何やら不吉だな……」 「おや、何の冗談ですか?」 「私は至って真面目だが……」 「ほらやっぱお前性悪なんだっあだ! あだだだ!」  後ろで何か言っていた紫鳩の耳を力の限りつねりながらユリウスに尋ねる。 「それで? 首尾はいかがでした?」 「痛いっ! 離せ離せいだだだだっ!」  火神はしばらくふたりの様子を見て、止めるかどうか悩んでいたが静観することに決めたようだ。 「首尾もなにも……。エリアーデ殿にはまたお会い出来なかった……」  そう言って肩を落とすさまは酷く痛ましくはあるが、この主に限ってはわりとよく見られる姿ではある。  東雲は特に慰めの言葉もかけず、状況把握に努めた。 「おや。出てくれなかったんですか?」 「ちょっ……! おまっ、ねじんないで痛い痛い!」 「いや……それが、メサティムヌ殿がいらしていてな。女同士の話に割って入るなと閉め出されてしまったよ」 「はあ。まぁそれもそうですね」 「いや、しかし! エリアーデ殿が傷ついておられるのは確かなのだ。なんとしてもあの小僧に贖罪はさせなければ……!」  熱く闘志をたぎらせるユリウスを尻目に、東雲は思案げな表情を浮かべた。 「……傷ついて、ねえ……」  本当にユリウスの思っている通りにことが運べばいいが。頭に浮かんだ説はなかなかに真実味がありそうだったが、それでは己の主の言と食い違う。火神の眷属なのだからここは主であるユリウスの言葉を信じるべきだろう。あと、何よりそちらの方が面白そうではあるし。  東雲が思索に(ふけ)っていると当の火神が声をかけた。 「……ところで。東雲」 「はい?」 「そろそろ紫鳩を解放してやりなさい……」  そう言って指差す先には、全身に鳥肌を立たせてぐったりと沈黙したまま、東雲に耳をつかまれている紫鳩の姿があった。彼の耳はいまや真っ赤に染まっている。ぱっと手を離すと、そのままがくりとうなだれた。 「触られただけで真っ赤になるなんて……紫鳩くんもしかして耳が弱」 「そんなわけあるかあぁぁぁっ!!」  まるでばねのごとく起き上がった紫鳩に火神は告げる。 「紫鳩。そういうことだ。ゼロを捕まえるのが最優先だが、香姫を野放しはまずい。あいつは加減を知らないからな」 「すでに宿屋一軒全焼させてますが」 「……まじか」 「至ってまじです」  東雲の台詞にユリウスは無言で頭を抱えた。 「……とりあえず、紫鳩。お前、香姫を止めてこい」 「ええー……」 「文句を言うな! 急いだ方がいいか。私が送ってやろう。準備はいいな?」 「まあ……」  紫鳩が応えると、ユリウスは言葉を紡ぎ始める。火神の名のもとに発動される、炎の導きだ。 「なあ、火神さま。あいつ、強いんだろ? 少しくらい、やり合ったってかまわねぇよな」  にっと、挑戦的な表情で訊く紫鳩の足元に、ひときわ鮮やかな炎があがる。  ユリウスは苦笑いを浮かべ、 「お前は前からそう言っていたな。よろしい、許可しよう」 「サンキュッ」  炎は瞬く間に紫鳩を飲み込み、音もなく弾けると、そこにはもう紫鳩の姿はなかった。          *
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