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引き戸を開けた瞬間、ひんやりとした空気が鼻っ柱をかすめて、肩を竦めた。
寒さはまだ序の口だが、今日はやけに風が強い。
襟元に顔を埋めた際、握りしめた電球の箱のパッケージになんとなく目をやった。
黄色い縁取りに、角張ったゴシック体。
いかにも安物とわかるそれを眺めて、ため息が溢れた。
——夏生のアパートで一緒に暮らし始めたのは、彼が退院してすぐのことだ。
彼が全快するまでは、身のまわりのサポートをしながらたか瀬での勤務に比重をかけるつもりだったから、そうなるのはごく自然な流れだったのだ。
恋愛関係になってから、夏生はしばし甘えてくるようになった。
そして、その甘えは本人が自覚しないまま、仕事場にまで流れ込んできている。
とはいっても、家と店とでは甘えの種もまったく異なるのだが————
店での彼は、頼からのスキンシップを嫌がり、ひときわ素っ気なかった。
こちらが親切心を見せた時でさえ、迷惑そうな顔をされるときもある。
恋人のそれというよりは、反抗期の息子が親に見せるような甘えだった。
なんだかなあと思いつつも、新たな夏生に出会うことに対しては、嬉しさの方が勝る。
それに、夏生自身も戸惑っているのかもしれない。
長らく、兄らしく振る舞うことで均衡を保っていたのだ。
それが崩れたところで、今さら完全な恋人同士になれるわけでもない。
今の夏生は、頼から見てもどこかアンバランスに映った。
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