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「仕事終わったの?」
もしもしと言わずに話題を振ってくるのが、頼の習慣だった。
深夜1時に閉店し、締め作業を終えたのが2時半。
店の鍵をかけてポケットにしまった際、スマートフォンの感触を見つけて——思いつきで電話をかけた。
気まぐれですぐに音信不通になる頼だから、かける時間帯は夏生もあまり気にしていない。
「頼、明日も仕事?」
「そーだよ。朝7時起き」
「寝ろよ」
「じゃあ電話かけてくんなー」
……そりゃそうだ。
受話器越しにしばし笑い合う。
「で、別れたの?」
「ああ。別れた」
——あの後、店に着くまでの道のりで、藍に電話をかけた。
藍は電話越しであーだこーだと言い訳をしていたが、聞くだけ聞き流してから、単刀直入に「別れよう」とだけ伝えた。
別れてみても感情は無のままで――あのつかの間の恋愛じみたものは、真夏の陽炎だったのだと思うことにした。
「そっか」
「なんだよ、嬉しそうだな」
「だって似合わなかったもん、あの子。なっちゃんに」
嬉しそうな頼の顔が、声色だけで想像できた。
夏の深夜は、熱気をまとった闇が、しっとりと肌に吸い付いてくるようだ。
快適ではないけれど、それでも、昼間よりは少しだけホッとするのだった。
会社員時代の朝型生活が染み付いていたせいか、最初の一年は体調を崩したりもしていたが、今ではもうすっかり慣れて、逆に昼間のほうが落ち着かないくらいだ。
「髪型、好評だったでしょ」
何かをしながら会話をしているのだろうか、紙袋を漁るような雑音に混じって、頼の声が響いた。
「ああ、まあな」
「なっちゃんに似合う髪型はさ、俺が一番よく知ってるから。短めの黒髪」
頼に切ってもらうときはいつもお任せにしているが、たいていの場合は短くされる。
「まあ、お前みたいに長いのは似合わないからな」
「そ? 俺、髪が伸びかけたときのなっちゃんも好きだけどな」
……のわりに、容赦なくハサミ入れるじゃねーか。
言おうとして飲み込んだ。
自分の髪型のことをダラダラと語りたいわけではない。
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