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「なっちゃん、終わったよー」
事務所のドアを開けると、夏生は振り向きすらせずに「うん」とだけ言った。
事務作業をしているときはいつもそうだ。
こちらに背を向けてはいるが、眉間にシワを寄せているのはその丸めた姿勢を見ただけでわかった。
「なにやってんの?」
「見りゃわかるだろ。発注作業だよ」
その背中を見ていたら、ついちょっかいをかけたくなった。
顎を肩に乗せてのし掛かると、夏生は不機嫌な声を出した。
「重い。どけ」
「キスしたらどくー」
素早く唇をぶつけてから体を離すと、夏生はようやく振り向いて、深いため息をついた。
「お前さ、店でそういうことすんなよ」
「なに今更。この店の風紀なんてとっくに乱れまくってるでしょ」
いたずらに舌を出すと、夏生は一瞬、天井を睨みつけてからふたたび椅子を回転させた。
「暇なら倉庫の電球かえてこいよ」
「えー? もう切れたの?」
以前、夏生が交換した時——すなわち、ふたりであそこに閉じ込められたボヤ騒動から、まだ2か月弱しか経っていない。
いくらなんでも早すぎると思った。
「……一週間くらい、つけっぱなしになってたんだよ」
それにしても、だ。
「ってか電球ケチるからでしょ。長持ちするやつ買いなよ」
「うるさい。かえてこい」
「はいはい」
頼は部屋を出て頭をかいてから、スタッフルームに寄った。
明かりはすでに消えていて、淳介の荷物はもうない。
頼はひっそりと安堵してからエプロンを外し、ダウンジャケットを羽織った。
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