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頼が戸締りをしている間に、夏生は河川敷を先に歩いていってしまった。
白い息をぽんぽんと飛ばしながら、小走りで追いかける。
隣に並んで、ポケットから手を出してみたが、夏生は肩を怒らせたまま腕組みをしていて、それを解くつもりはないらしかった。
「鍵閉めてるときぐらい待っててよー」
「立ち止まると寒いんだよ」
夏生がつれないのは、別に今日に限ったことではない。
待っていてくれないのも、手を繋いでくれないのも、ごく日常のことだ。
それがまったく気にならない日もあれば、今日みたいに少しだけ落ち込む時もある。
先ほどの淳介の言葉が、胸にひっかかっているのだった。
一緒に幸せになろうと、夏生は言ってくれた。
好きだとも————
しかし、彼は本当に、こういう関係になることを望んでいたのだろうか。
当時は自分の望む形をそのまま受け入れてくれたが、徐々に違和感を抱き始めているのではないか。
ふと不安に駆られて、頼は手をのばした。
「なっちゃん、手繋ご」
「は? やだよ」
腕を掴むと、怪訝な顔をして振り解かれた。
ひと気のない河原沿いの道でも、夏生はこの類いの誘いを嫌がった。
今日も、例に漏れずである。
「なっちゃんは全部、俺のものでしょ」
「なにそれ」
「病院で言ってたじゃん。だからたまには言うこと聞いてよ」
頼はふと、風になびく白いカーテンを思い出した。
夏生は照れたように俯いて、手をポケットに入れてしまった。
「お前さ、事あるごとに持ち出すなよな……」
嫌がらせだとでも思っているのだろうか。
眉間に深いしわが刻まれている。
「なっちゃんから貰った言葉はね、ぜんぶ大切に折り畳んで引き出しにしまってるから」
「へー」
「で、時々広げて幸せに浸るの」
「あっそ」
しかし、夏生が退院して以来、引き出しの中身は一向に増えていかない。
だから頼は、あの時の一片を広げてばかりいるのだった。
ピーコートの裾をそっと掴むと、それは振り解かれなかった。
「帰って、お風呂であったまりたいね」
呟いてみても、夏生は答えてくれない。
頼は夏生の少し後ろを歩きながら、そのうなじを見つめた。
襟足が少し伸びてきたから、次の定休日に整えてあげようと、現実的なことが頭をかすめた。
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