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「お母さん、元気そうだな」
「ああ。相変わらず」
そのとき、ドン、という銃声にも似た音が店内に響いた。
お、始まったな。
誰かのひとことで、店内からは数組の客が外の様子を見に出ていった。
これから1時間弱は、店も小休止だ。
「あら、夏生の友達?」
ジョッキを下げに来たはつ美が、祥吾を頭からつま先まで見た。
「そーだよ。高校の同級生」
夏生が代わりに返事をすると、はつ美は下げようとしていたジョッキをまたテーブルに置いた。
「いい男。あんた、あたしが今まで見てきた中で一番いい男だわ。この前あたし、大衆演劇見に行ったんだけどさ、それの若手のアレに似てるわ。えーと、なんだったかな。最近名前がちっとも出てこない」
スナック勤めが長かったはつ美は、初対面の人間の容姿について言及しないと気が済まないらしい。
「大衆演劇……? よくわかんないですけど、どうも」
祥吾が、とりあえずの礼を言う。
はつ美は、頼まれてもいないのに、名前を思い出そうとウンウン唸っていたが、やがて「ダメ!思い出せない!」と吐き捨ててからバーカウンターに向かっていった。
思い出してもらっても、どうせ夏生たちにはわからないだろう。
「はっちゃんの例えは、あいかわらずよくわかんないわ」
夏生が言うと、
「とりあえず要はまあ、微妙ってことだな」
祥吾が自虐的に笑った。
かつて夏生も「サッカー選手の、今は活躍していない、なんとなくパッとしないあの人に似てる」と言われた時、同じような気持ちを抱いた。
花火は本格的になってきたようだ。
ドン、パラパラ。
ドン、パラパラ。
定期的に、打ち上げる音が鳴り、人々の感嘆の声までもが店内に滑り込んできた。
「ごめんー。始まっちゃったねー」
それらを切り裂くようにして、間延びした声が響いた。
——そうだ、こいつが来ることを一瞬、忘れかけていた。
「頼、お前なぁ! ピークとっくに過ぎてんぞ」
「だって、浴衣のヘアセット入っちゃったんだもん。でもほら、ちゃんと来たでしょー」
悪びれもせずに言う。
頼は、バックパックを下ろし、Tシャツの裾をつまんで背中に風を送りながら、祥吾の存在に気づいて目を丸くした。
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