03. 花火大会の夜

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「お母さん、元気そうだな」 「ああ。相変わらず」 そのとき、ドン、という銃声にも似た音が店内に響いた。 お、始まったな。 誰かのひとことで、店内からは数組の客が外の様子を見に出ていった。 これから1時間弱は、店も小休止だ。 「あら、夏生の友達?」 ジョッキを下げに来たはつ美が、祥吾を頭からつま先まで見た。 「そーだよ。高校の同級生」 夏生が代わりに返事をすると、はつ美は下げようとしていたジョッキをまたテーブルに置いた。 「いい男。あんた、あたしが今まで見てきた中で一番いい男だわ。この前あたし、大衆演劇見に行ったんだけどさ、それの若手のアレに似てるわ。えーと、なんだったかな。最近名前がちっとも出てこない」 スナック勤めが長かったはつ美は、初対面の人間の容姿について言及しないと気が済まないらしい。 「大衆演劇……? よくわかんないですけど、どうも」 祥吾が、とりあえずの礼を言う。 はつ美は、頼まれてもいないのに、名前を思い出そうとウンウン唸っていたが、やがて「ダメ!思い出せない!」と吐き捨ててからバーカウンターに向かっていった。 思い出してもらっても、どうせ夏生たちにはわからないだろう。 「はっちゃんの例えは、あいかわらずよくわかんないわ」 夏生が言うと、 「とりあえず要はまあ、微妙ってことだな」 祥吾が自虐的に笑った。 かつて夏生も「サッカー選手の、今は活躍していない、なんとなくパッとしないあの人に似てる」と言われた時、同じような気持ちを抱いた。 花火は本格的になってきたようだ。 ドン、パラパラ。 ドン、パラパラ。 定期的に、打ち上げる音が鳴り、人々の感嘆の声までもが店内に滑り込んできた。 「ごめんー。始まっちゃったねー」 それらを切り裂くようにして、間延びした声が響いた。 ——そうだ、こいつが来ることを一瞬、忘れかけていた。 「頼、お前なぁ! ピークとっくに過ぎてんぞ」 「だって、浴衣のヘアセット入っちゃったんだもん。でもほら、ちゃんと来たでしょー」 悪びれもせずに言う。 頼は、バックパックを下ろし、Tシャツの裾をつまんで背中に風を送りながら、祥吾の存在に気づいて目を丸くした。
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