03. 花火大会の夜

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「久しぶりだな、頼」 つかの間の沈黙。 滑り込むように、ひときわ大きい花火の音が鳴り響いた。 頼は一瞬、声を出すのを忘れていたようだったが、祥吾の声を確認すると——ようやく喋りだした。 「祥吾……くん? 久しぶりだね。なんか雰囲気変わっちゃって」 「頼はあんま変わんないなぁ。元気にしてたか?」 「うん。まあ、なんとかねー」 「なんだよ、つれないなあ。昔はよく遊んだだろ。お前のことは、尻のほくろの位置まで知り尽くした仲なのに」 「ちょっと、適当言わないでよ。みんな引いてるじゃん」 祥吾がいたずらに笑う。 夏生は頼のバックパックを受け取り、代わりにエプロンを渡した。 「頼と祥吾って、会うのめちゃめちゃ久しぶりじゃないか?」 「まあ、そうだね」 夏生の問いに、頼が頷いた。 ——祥吾は、夏生が埼玉県で高校3年間を過ごしたときの友人だ。 当時はよく頼も一緒に遊んでいたから、頼と祥吾も友達のようなものである。 夏生が大学進学と同時に東京へ出てきてから、数カ月前に新宿でばったり再会するまでの間、祥吾とはしばらく疎遠になっていたから——頼もおそらく、10年以上は会っていないはずだ。 先ほど、頼が喋り出すまでに間があったのも、目の前の人物が祥吾と認識できなかったためだろう。 夏生だって、最初はわからなかった。 ——夏生? 夏生じゃない? 新宿の靖国通りで突然、肩を掴まれたとき、フリーズしてしまったくらいだ。 自分の記憶にある祥吾は、黒髪のストレートで、メガネをかけていたから。 「頼ちゃん、遅いじゃない!」 その時、背後からはつ美の威勢のいい声が響いた。 「あー、はっちゃん。遅くなってごめんね。秋穂ママは?」 「今、倉庫」 倉庫とは、食材をストックしておく場所のことで、敷地内の野外に設置されている。 桜が散ってから頼と会っていなかったはつ美は、頼を頭からつま先まで一瞥し、ため息を漏らした。 「頼ちゃん、あんたまたいい男になったわ」 「またまた。数カ月前に会ったばかりでしょ?」 「やっぱり、頼ちゃんはあたしが知ってるなかで一番いい男。あーあの、なんだっけ。ドラマに出てる、ほら、銀行のCMにも出てる若手の、ナントカっていう俳優。あれに似てるわ」 「はっちゃん、それほぼノーヒントだから」 はつ美は、頼の二の腕をぱちぱちと叩きながら、嬉しそうに笑った。 「……一瞬で塗り替えられたな」 はつ美の「いちばんいい男ランキング首位」からあっさりと陥落した男が、ぽつりと言った。 「いいじゃん。俺なんか、ランクインすらしてないよ」 しばらく笑い合う。 もはやはつ美自身が、たか瀬の店内に打ち上げられる花火のようだった。 「あー、頼ちゃん。やっと来たねぇ」 秋穂が裏口から入ってきた。 「うん。なんか運ぶ?」 「じゃあキャベツ運んできて。裏にあと一箱あるから」 頼は、はーい、と生返事してエプロンの紐を締めると、肩を回しながら出ていった。 「頼って美容師なんだっけ? 店、この近く?」 「ああ、うん。近いよ。多摩(たま)(おか)」 「へー、今度切ってもらおうかな…………」 祥吾はゆっくりとビールを煽った。
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