01. 光を帯びた人

1/8
前へ
/158ページ
次へ

01. 光を帯びた人

ドアが開いた瞬間、湯気がふんわりと昇ったように、あたり一面が霞んで見えた。 汗のにおい、苛立ち、気だるさ。 電車は人々とともにそれらを吐き出し、ホームをたちまち不愉快という文字で埋め尽くしていく。 しかし、冷房の効いた車内から出て熱を帯びたコンクリートに足をつけると、高瀬夏生(たかせなつき)はほんの少しだけ、安堵するのだった。 例えるならば、冷えた足先をぬるま湯にそっと浸したような、心地よい感覚。 けれどそれが続くのもせいぜい数分の間で、改札を出た時には毛穴という毛穴から汗が吹き出ていた。 ——夏が来た。 自分が生まれた季節。 一番、嫌いな季節。 Tシャツの裾を掴んで軽く仰いでみても、熱風が腹筋をうっすらとなぞるだけで、気休め程度にもならない。 雲ひとつない晴天とは裏腹に、なんとなく気持ちが曇るのは、これから会う相手のせいだろう。 が自分をわざわざ外に呼び出すときは、ろくなことが起こらないから————
/158ページ

最初のコメントを投稿しよう!

835人が本棚に入れています
本棚に追加