01. 光を帯びた人

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——頼に藍を紹介したのは、ほんの1週間前のこと。 藍とふたりで食事をしていたら、頼がいつもの調子で突然連絡を寄越してきて、ふらりと合流したのだった。 頼はたしかにその場で、自分が美容師をしていること、美容院の勤務地、そして「よかったら切りに来てね」という社交辞令をセットにして話していた。 それに対し「絶対に行きますー」という、藍の社交辞令返しも耳で拾っていた。 ……はずだけど。 「藍。どういうことなのか、説明してほしいんだけど……」 長い沈黙を挟んでから、喉につっかえていた振動のようなものが、ようやく言葉となって出た。 言った瞬間、背中に暑さ由来ではない、嫌な汗が伝った。 「ごめん、帰るね」 そこから、さらに先ほどの倍以上の沈黙を挟んだ後。 藍は目を泳がせ疲れたのか、それだけ言うと逃げるように帰ってしまった。 ——後に残されたのは、頼と自分、そしてうだるような暑さと、やけに甘ったるい香水の残り香だけだった。 「……どういうことだ?」 「そういうこと」 問いかけに、頼がにんまりと笑う。 その笑みを見て、夏生は心底うんざりした。 先ほどの「にこり」は好戦的な時に見せるものだが、この「にんまり」は、愉快でたまらない時に見せるものだからだ。 「なっちゃん。ああいう巨乳だけが取り柄の、なーんか野暮ったいちょいブスがいっちばんタチ悪いって、俺、前に言わなかったっけ?」 「言ってない。大体、人の彼女をブスとか言うなよ」 「いいじゃん。もうどうせ彼女じゃなくなるんでしょ」 ————図星。 夏生がため息をつくと、頼はますます嬉しそうな声を出した。 「なっちゃん、相変わらず人を見る目がないね」 “頼りにならない頼ちゃん” そのフレーズに対抗するようにして、頼は夏生によくこう言っていた。 “人を見る目がないなっちゃん” そして、それを言う時、この男は水を得た魚のようにいきいきとするのだった。 現に今も、まるで太陽光をぐんぐん取り込んでいるかのごとく、一段と明るく見えた。 「兄が道を誤らないように見守るのが、弟の使命ですから」 「余計なお世話だよ。それに……」 「もう弟じゃないだろって?」 頼の率直な返しに、たじろいでしまう。 喉が急速に乾いてきて、喉をごくりと鳴らしてみるものの、粘膜が不快に張り付くだけだった。 「ほら、行くよ」 「え?」 不意に汗ばんだ襟足を指でつままれ、そのこそばゆさに身を縮めた。 「髪、伸びてんじゃん。切ってあげる」 は、先陣を切って歩き出した。
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