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シャワーの流れる、勢いのよい音が鳴る。
「そういえば祥吾が、頼は元気にしてるかって言ってたよ」
シャワーの音で聞こえなかったのだろうか、ひと間あけて、頼がえ?と呟く。
溜めていた湯を抜く、排水口に水が吸い取られていく音を拾った。
「今、祥吾って言った……?」
「うん。あいつと数カ月前にばったり新宿で会ってさ。それ以来、たまに飲むようになった。時々、たか瀬にも来てくれるんだよ」
「……すごい偶然だね。会ったの何年ぶり?」
「高校卒業して以来だから、10年以上? 今は舞塚にある不動産会社で働いてるんだって」
椅子を起こされ、タオルで髪を揉まれる。
段差気をつけてね、という誘導に相槌を打ちながら、元の席まで戻った。
————祥吾。
大して関心がないのかと思いきや、鏡越しの頼は、なにやら神妙な面持ちだ。
「そっか。祥吾くん……元気でやってるんだ」
関心がないはずがない。
何年経とうと、自分たちがあのことを忘れられるはずがないのだ。
ドライヤーの熱風が地肌を温め、ケープ越しにじんわりと汗をかいてきた。
「今年は……もう行った?」
髪を触りながら、頼がぼんやりと言った。
夏生は首を横に振った。
「お盆あけて、しばらくしてから行こうと思ってるよ」
「今年は、俺もついていこうかな」
夏生は振り返って、直接、頼を見た。
頼はヘアワックスを手のひらで揉み込みながら、ただ夏生の視線を受け取っている。
フルーツ味のガムみたいな匂いが、ふんわりと漂った。
「花、何がいいかな」
独り言のように、頼が言う。
なにがいいのだろう。
花の種類など詳しくはないけれど、なるべく明るい花がいい。
髪を揉まれながら——夏生はゆっくりと目を閉じた。
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