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「頼!」
もう一度叫ぶが、頼は気づかない。
信号がチカチカと点滅し、そのまぶしさによろめきそうになる。
鼓動が鼓膜に張り付いているのかと思うくらいに音を立て、思考を鈍らせた。
こめかみが痛い。
熱気が、コンクリートからむわりと昇る。
暑いのは当たり前だ。
夏なのだ。
そう——あのときもこんな風に暑かった。
このまま立ちすくんでいたら、体が影に吸い取られてしまいそうで、夏生はそれらから逃げるように走り出した。
10メートル、20メートル。
もつれそうになる足をなんとか前進させながら、頼に近づく。
やっとその腕を掴むと、頼が目を丸くして振り向いた。
「どう、したの……?」
一瞬の間。
自身からこぼれる荒い呼吸で、時が止まっていないことを確認し、少し安堵する。
信号が赤に変わったらしい。
頼は夏生の背中に手を当てて誘導し、歩道を渡りきった。
呼吸を整える。
吸って吐いてを繰り返すうちに、だんだんと意識が舞い戻り、所々に血が通い始めた。
「イヤフォンしたまま歩くなよ」
「え?」
「イヤフォンだよ!」
耳を指差しながら、衝動的に叫んでしまった。
頼は目を見開いてしばし当惑していたが、そのうちまた穏やかな表情に戻った。
「ごめん。なっちゃん」
頼のなだめるような、ひそやかな声を聞いて——ようやく安堵がやってきた。
「もう、つけないから」
大丈夫だよ————
今の言葉を頭の中で反復しながら、夏生は頷いた。
夏のせいだ。
すべては、うだるようなこの暑さのせいだった。
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