Trench 《トレンチ》

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「伝令ぇぇ! 伝令ぇぇ!」  僕はハァハァと息を切らせながら、地面に掘られた狭い塹壕(トレンチ)の中を先へ先へと進んで行く。 「通してください! すいません、通りますっ! 後ろ、通ります!」  折しも敵勢力が、夕刻の襲撃を本格化させる時間帯。  飛び交う銃弾の中で、兵士達は背後にまで気を回してなんていられない。 「どけ!邪魔だっ!」  突如、ドン!とばかりに後ろから突き飛ばされる。  バシャ……!  赤茶けた水たまりに、顔から突っ込む。ツンとした臭いが鼻をつく。 「うぐっ……!」  こんな所で時間を食ってる訳にはいかないのだ。慌てて身体を起こす。  これが平時にあって街中であれば「どうもすいません」と頭を下げて相手に謝罪するのが筋だろう。だが、ここは『戦場』なのだ。そんな余裕も、義理もない。一刻も早く、手に持っている作戦指示書を届けねば! 「……急ぐので、先に行きます!」  泥だらけになった服のまま、再び前線に設置された指揮所を目指して僕は走り出した。  ドン……ドン……!  パパパパパ……パパパパパ……!  突撃銃の乾いた銃声が耳を突く。  さっき自分が突き飛ばされた辺りから「来るぞぉぉ!」と、叫ぶ声が聴こえてきた。  同時に、シュルルル……という風切り音が上空から迫ってくる。何について叫んでいるのか、見なくてもわかる。説明してもらう必要もない。とにかく、早く逃げなければ!  ドドド……ォォ……ン!  猛烈な爆音と、ビリビリと地面を揺るがす振動。背後から来る強烈な閃光と背中に突き刺さる小石と瓦礫の破片……。  敵が、臼砲(モルター)を撃ち込んで来たのだ。濛々と土煙が舞い上がって、容赦なく視界を奪っていく。  塹壕戦では射程は短くとも高い射角が得られる臼砲(モルター)の方が、平射のカノン砲より優位であり、守備側としては脅威なのだ。  ……危なかった。  あそこで立ち止まっていたら、僕は今頃バラバラになっていただろう。背中に冷たい汗が流れる。 「ハァ……ハァ……で、伝令です!」  やっと到着した指揮所で、僕は右手の伝令缶を差し出した。
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