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次に目が覚めた時、僕は病院のベッドに横たわっていた。
真っ白な天井と、真っ白な壁。そして僕の上には白いシーツが。塹壕での喧騒が、まるで嘘のような静けさの空間。
……僕は、どうしてこんな所にいるんだ?
「おや?目が覚めたのかい?」
近くに居た中年の看護婦が、僕に無愛想な声を投げて寄越した。
「あんた、運がいいねぇ。マスタードガスを食らって生き残るだなんてさ。……あの塹壕にいた残りの兵隊さんは全員が死体置き場にいるか、もう灰になって納骨堂に収まってるよ」
吐き捨てるように、看護婦が呟いた。
「戦争は……戦争はどうなったんです?」
ここは野戦病院という感じではない。ちゃんとした街中の病室だ。いつの間に搬送されたのだろうか。
「ああ?戦争?……そんなの、とっくに終わったよ!……ほら、これが3日前の新聞さ」
そう言って、傍らに打ち捨てられていた新聞紙を僕に投げて渡す。
「こ……これは!」
僕は思わず絶句した。手が細かく震えて止まらない。
そこにデカデカと書かれていたのは……。
『全面降伏』という大きな見出しだった。
「そ……そんな、馬鹿な……」
目が覚めたら自軍が『白旗』を上げていたって? おいおい、何の冗談だよ、それは! じゃぁ僕たちは何の為に命がけで戦っていたというのだ!
……あり得ない! そう、あり得ないではないか!
我々が負けるだなんて……そんな事、絶対にあり得ない!
あの老兵だって言ってたじゃないか『ワシらがアイツらに負けるはずがないじゃないか』って!
そう言えば、あの老兵……おじさんは、どうなったんだ?
ええっと、確か……。
僕は必死に記憶の糸を手繰る。
……そうだ、思い出した。
僕の命を救ったのは、あの老兵が持っていた『ガスマスク』だ。僕は、それを受け取って逃げたんだ。……では、あの老兵は?
いや、考えるまでもない。さっき、看護婦が言っていたではないか。「塹壕にいた残りの兵士は死んだ」と!
では……では……あの『老兵』も?……それはそうだろう、何しろ彼のガスマスクは僕が奪って逃げ去ったんだから!
冷静になって考えれば、僕は我が身可愛さにあの老兵を殺したも同然ではないか! ……僕は、何という事をしたんだ……。
呆然とする僕の前に、何かがポンと置かれた。
「あんた宛に、手紙が来てたよ。随分前に着いてたらしいが、戦闘が激しくて届かなかったってさ」
看護婦はそう言い残して、病室を去っていった。
「……。」
それは、転送を繰り返して薄汚れた封書。見覚えのあるその字は、故郷に残してきた妹の筆跡だった。機密管理のため、軍によって封は切られている。
中には何の挨拶文もなく、ただ一言だけ訃報が記されていた。
「何だって……」
ハラリ、と手紙が僕の手から落ちた。
「彼女が……病気で死んだだと……」
涙もなく、僕はただ頭の中が真っ白になった。
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