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向井さんおすすめのパン屋で、一番人気のクロワッサンのサンドイッチとポタージュスープを買う。
「私が先輩ですから、おごります。初めての給料もまだなんですから、遠慮しないでください」
確かにスーツやYシャツなど仕事で使うものを買ったり、引越しもしたから、お金に余裕はない。養父からの小遣いは断った。ありがたく向井さんにおごってもらうことにした。
「αの方におごるのは初めてです」
向井さんは嬉しそうにしてる。こんなに綺麗でいい人を立川課長は30番目にしたんだろう?
パリパリのクロワッサンに、サラミとレタスが挟まっていて、食べ応えがある。向井さんが大きな口でかぶりついているのが、可愛らしくて笑える。
向井さんを見て、ニヤニヤしているのに気付かれてしまったようで、「大きな口で食べるのが美味しいんです。笑わないでください」と少し睨まれる。
向井さんのそんな表情にドキッとする。
俺も負けずに大口で食べる。
「確かに、ガブっと食べる方が美味しいですね」
向井さんが笑ってくれる。
「αの方とこんなに楽しく話したのは初めてです」
明るい笑顔がとても魅力的だ。俺は人と距離をとっているせいで、冷たいと思われていると思う。そんな俺にも躊躇なく話しかけてくれる。こんなに話しやすい人は初めてだ。
「そんな風に笑っていた方がいいですよ。しかめっ面では幸せが逃げます」
確かにいつも他人に近寄らせないように表情を緩めないようにしている。
「幸せが逃げるから、向井さんはいつも笑顔なんですか?」
「そうです。幸せになりたいんです」
笑顔が明るくて、眩しい。陽夏という名前に似合う、夏のひまわりのような笑顔。
夕方、営業所に戻ると向井さんはたくさんの情報が書き込まれた地図をくれた。お店の情報もあるが「急な登り坂」とか、「夜は暗い」とか、書き込みがある。
「荷物を持ってくれたお礼です。すごく嬉しかったです」
「この地図は大切なものじゃないんですか?」
「大丈夫。私は覚えてますし、また新しい地図に書き込みますから」
向井さんはニコニコ笑ってる。
次々と社員が戻ってくる。向井さんの机に領収書を置いて行ったり、「向井、これを清書して、明日までに30部」「未処理の問い合わせメールの返信」とか、仕事を押しつけてる。
向井さんはニコニコ笑ってる。
「向井、トイレットペーパーあと1つだった。在庫管理もできないのか。すぐに買っとけよ」
「すみません」
今日は向井さんは俺のために一日周辺を案内してくれた。トイレットペーパーなんて、営業所にいた社員が買えばいいじゃないか…急ぎでもないし、そんな小さなことで残業させる気なんだろうか?あまりにも扱いが酷すぎる。
「西嶋さん、いいから…」
向井さんは僕の顔色に気付いたようだ。
「西嶋くん、今から君の歓迎会をするよ。どう?」
菊田所長は俺の肩を抱いてくる。親しげな態度だが、少しも嬉しくない。
「すみません。今日は用事があります」
「じゃ、土曜日にしようか。でも今日は飲む気分だから、付き合える奴は行くぞ。じゃ、お先に」
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