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タクシー
➖帰らないと!➖
スマホで時間を確かめる。
午前3時を少し過ぎていた。
すくっと立ち上がり、暗がりで服を探した。
「照明、つけますよ」
榊原が言う。
「ちょっ、ちょっと待ってください、見られたくないです!」
下着を身につけ、ブラウスとストッキングワイドパンツを着る。
「いまさら、いいですよ」
「イヤです!」
急に恥ずかしくなった。
酔いも覚めた。
「つけますよ」
パチン!と明るくなった。
「まぶしぃ!あれ?榊原さん、いつの間に服を?」
榊原はもうきちんと服を着ていた。
「ぼくは何でも早いですよ」
本当に隙がない人だと思った。
「そろそろ帰りますね」
バッグを手に取り、忘れ物がないかを確認した。
「やはり、帰るんですか?残念ですね」
➖私も帰りたくないです、でも➖
「明日の仕事に差し支えますよ、私も」
「不機嫌にならないように」
美樹は寝不足だと不機嫌になると、ワインを飲みながら話したことを榊原はおぼえていた。
「大丈夫です、幸せな寝不足なので」
ヒールを履き、ドアに向かう。
先に榊原がドアを開ける。
➖2人だけの世界だったのになぁ➖
ごく普通のシティホテルの一室が、とても名残惜しく思えた。
エレベーターを乗り継いで、ホテルの玄関に出る。
広い道路の向こう側に、ちょうどタクシーが見えた。
榊原が手を挙げると、こちらに気づきUターンしてくる。
ガードレールの切れ間を見つけ、やってきたタクシーに乗る。
「今日は楽しかったです、また・・・」
【また】があるとは思えなかったが、とりあえずは【また】をつかう。
「はい、おやすみなさい」
ドアが閉まる。
「ちょっと遠いけど、いいですか?」
タクシードライバーに行き先を告げる。
走り出したタクシーのミラーに榊原を探す。
もうホテルのドアに消えるところだった。
『ありがとうございました。ちょうどいま、3時15分です』
ぴこん♬
『お疲れ様でした。
さっき3時過ぎだったから、そうでしょう。
ぼくは今からすこし仕事をします』
➖あれ?3時15分は、私の誕生日の3月15日と同じ数字だって言いたかったのに➖
榊原にとっては、数字の偶然や出会いの偶然などの現象は、ただの風景にしかならないようだ。
➖ロマンティックな感覚は、ないのかな?➖
でもまどろっこしくなくていい、そう思った。
1時間ほどで帰り着いた。
タクシー料金は2万円を超えた。
それでも、高いと思えなかった。
貴重な時間だった。
タクシーは、名古屋からきたことがわかる会社名だった。
➖誰にも見られていませんように➖
お風呂に入っても、3時間は寝れそうだった。
『私、やっぱり酔ってたみたいです。メイクがほとんど落ちたまま帰ってました』
ぴこん♬
『どうせ帰るだけなんですから、必要ありませんよ』
榊原は、そういう人だった。
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