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第四章 高望み
お風呂から上がって特にすることもなかったから、和馬君にメッセージを送ることにした。
LINEを立ち上げたけど誰からもメッセージが届いてない。LINEの友達なんて百人以上いたはずなのに。みんな沙羅に言われて私をブロックしてしまったのだ。
つまり友達だと思ってた百人は私の友達ではなく沙羅の友達だった。私の友達なんて実は一人もいなかった。
愚かな私はなんにも知らなかった。偽物の友達を友達と信じ、偽物の恋人を恋人と信じ、信じて裏切られて傷ついた私は一人で放り出された。
僕にふさわしい人は、僕が話せないのを承知で僕のそばにいて、僕に話しかけてくれる君だけだよ
和馬君はスケッチブックにそう書いたけど、それは私にとっても同じことだ。傷ついた私のそばにいてくれたのは君だけだった。
世の中には和馬君と違って言葉を話せて、そして和馬君より優しくて頭のいい人が大勢いるのかもしれない。
でもそんなこと何の意味もない。人間なんてそれこそ星の数ほどいるはずだけど、結局私のそばにいて、そして私のために泣いてくれたのは君一人だった。
優しい君はこんな私の友達に、そして今日は恋人にもなってくれた。君は本物の友達で本物の恋人だった。
恋人というくらいだから私は君に恋をしている。おそらく君が私を想う気持ちよりずっと強く、私は君を想っている。
そんなことを言えば、頭のおかしい女だと君は笑うだろうか? そうかもしれない。私は自分でも大丈夫かなと心配になるくらい君に恋してるんだ――
涙と募る想いが止まらなくなってメッセージが書けなくなってしまった。明日も会いたいと思った。
でも君には君のすべきことがある。私のせいで時間が取られてそれが疎かになったら申し訳ない。恋は退屈や困難からの逃避であってはいけないと思う。私と恋することで君がさらに高みを目指せるような、そんな恋をしていければいいなと願ってるんだ。
私がLINEの画面を見つめたままメッセージを書けないでいるうちに、先に和馬君からメッセージが届いた。
奈津さん、こんばんは
今日はいろいろあってまだ夢を見てるみたいに頭がぼうっとしてる
でもつらいばかりだった人生が急に楽しくなった
君と会えて本当によかった
先に私から送りたかったのに! 和馬君のメッセージを読み終わるやいなや、私は猛然と文字を入力し始めた。
和馬君、こちらこそありがとう
あの日、そばに君がいなかったらと思うと正直ぞっとする
私は君に救われた
私には君を救う力はないけど、私がそばにいることで君の人生が少しでも明るくなったならそれ以上の幸せはないよ
今日は楽しかった
明日も君と会いたいけど、私と会ってばかりいて君の成績が下がったら君のお母さんに怒られるから我慢するよ
すぐに返事が届いた。
一行目で喜んで、二行目で顔が青くなって、三行目でやられたと思った。
奈津さん、明日会えないかな?
その僕の母が君に会いたいと言ってるんだ
僕に彼女ができたって母の前で羽海が口を滑らせたんだ
そそっかしくて困ったやつだよ
最後の四行目を読んで、なんて人がいいのだろうと思った。知ってたけど。
羽海は私と連絡を取るために隙を見て和馬君のスマホを盗み出すような、まだ中二とは思えないほどの抜け目のない少女。
うっかり口を滑らせるような、そんなキャラじゃない。
絶対にわざとだ。
なぜそんなことしたかって?
それはもちろん外堀を埋める、つまり私が和馬君と別れられなくするためだ。
悠樹に凌辱されたクリスマスイブの夜、私は自分の両親の顔をまともに見られなかった。今までだいじに育ててもらったのに馬鹿な男の言いなりになって、自分の体を粗末にしてしまったことが申し訳なくて。
私は和馬君のお母さんの目を見て話すことができるだろうか?
だいじに育ててきた一人息子をこんな愚かで汚れた女に奪われるかもと知ったら、彼女はどれほど悲しむだろう……?
返事がないけどどうしたの?
もし会いたくないというなら、うちに呼ぶのはまだ早いよって断っておくけど
会いたくないわけじゃないんだ
私はまだ痛手から立ち直れたとはいえない
何かの拍子に過去の出来事がフラッシュバックして、君のお母さんの前なのに泣き出してしまうかもしれない
そうしたらこの子にはいったいどんな過去があったんだろうって疑われる
私の過去を知っても君のお母さんが気にしないでいてくれると思うほど、私は楽天的な性格じゃない
私は怖い
和馬君との仲を引き裂かれることが
でもこれを書いてるうちに逃げちゃダメだって思えてきた
私の過去を知らせることはできないけど、私は君のお母さんの目を見て話したい
君がそばにいるならそれができそうな気がするんだ
何があっても僕は君を守るよ
ありがとう
その言葉を信じる
明日、君の家に行くよ
明日も今日みたいにいい一日になるといいな
その夜、なかなか寝つけなかったけど、いつのまにかぐっすりと眠っていた。
もちろん不安はあった。でも君と恋人になれたという絶対的な安心感によって、その不安はあっというまに空のかなたへと吹き飛ばされた。
恋人になった次の日に、恋人の家に行って恋人の家族と会うことになった。
こんな私でも人並みの幸せまで手を伸ばせば届くところまで来た。
いや私は幸せだ。
和馬君の恋人になって幸せじゃない、なんて言ったら彼に失礼だ。
私は全力で幸せにならなければならない。それは彼のためでもあるんだ。
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