いつか、終わるその日まで。

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 天河高校は歴史ある学校だ。だから設備も古いものが残っていて、その中には焼却炉がある。  昔、ダイオキシン問題で各学校の焼却炉は殆ど撤去されたらしい。おそらくこの学校のものは撤去費用の問題で残っているのだろう。現在、焼却炉の使用には法律上の許可が必要らしいが、たまに用務員の男性が自宅のごみを持ち込んで燃やしている。男子生徒の中には、隠していたエロ本の隠滅に、ごみと一緒に燃やしてもらう者もいるのだ。  生徒が帰宅した十九時ごろに、用務員は焼却炉に点火する。ごみをつっこんで、燃えきるまでは時間がかかるから、一旦彼はその場を離れてしまう。信二はその隙に焼却炉に近寄った。  天河高校は、国公立大学を目指す生徒のための特進科と、私立大学か就職を目指す生徒が入る普通科がある。そして、受験時に特進科を落ちた者が普通科に入るパターンもあった。信二はまさにそれである。  信二は国公立大学希望だ。国公立の希望を出しても普通科の担任はそのための内申を書いてはくれない。無難な進路先を進められるだけだ。  その普通科から特進科に入る方法が一つだけある。  クラス順位三位以内。普通科のクラス分けは成績が一定になるよう割り振られている。その中で一年間の成績を通して三位以内に入り、生徒が希望すれば特進科に入ることができる。  一年の時、信二は三位以内に入れなかった。二年の今、信二は四位である。一位は望月、二位は東という男子生徒、そして三位が優だ。  信二は、自分のすぐ上があの根暗っぽい少女と知って驚いた。  優の進路希望は就職。家庭事情らしい。そこら辺は一年も優と同じクラスだった美穂に聞いた。それなら優は三位以内に留まる必要はない。あと一位落ちてくれるだけでいいのだ。それだけで信二は特進科へ、そして国公立大学への道が開ける。  だから、元々彼女を嫌っていた美穂を煽った、利用した。信二に惚れていると知っていたから。ちょっとそれっぽい言葉をかけてやれば、向こうは勘違いまでしてしまったようだけれど。それでも優が傷ついて、不登校にでもなってくれたら最高だった。  しかし結果は、美穂の行動、そして信二の思惑はなんら見当違いに終わった。  『人間って、退化する生き物なんだなぁって』  あれは、美穂に向かうと同時に、それを煽った信二にもかかる言葉だ。信二は馬鹿にされたのだ。あの、毎日いじめられて、笑われていたはずの少女に。それが、許せなかった。  今、信二の手元には優のマフラーがある。彼女はこのマフラーを持ち歩かない。こんなひたすら長いマフラーを持ち歩くのは一苦労である。  彼女はこれを、蔵書室の書架棚にしまっていたのだ。ここ数日一緒にいた信二は、その隠し場所もしっかり把握している。  これは優の現身、優の人生である。そして、彼女が今を生きるための糧にも思えた。  だから、捨ててやろうと思った。けれど、それじゃあ駄目だとも思った。こんな大きな毛糸の塊は、どこに捨ててもかさばる。それで誰かにみつかって、また優の元に戻ったら意味がない。  だから燃やす。彼女の人生、綺麗さっぱり消してやろうと決めた。  焼却炉の扉を開く。中で炎が音をたてて燃えていた。信二はその中にマフラーを端から突っ込んでいく。長くて大きな毛糸の塊は、一気に突っ込むことができない。縄を手繰り寄せるように、炎へ。  その先端が燃えるのを見て、信二の胸になんともいえない清々しさが生まれた。  そうして、さらに炎の中へ。  炎が、焼却炉の中から大きく噴き出す。  激しく燃えるマフラーを伝い、それを握る信二に襲い掛かった。
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