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「……近づかないで、ください」  そんな予想外の向日葵(ひまわり)ちゃんの言葉に、ぼくは思わずたじろいだ。 「えっ、あっ、ごめんなさい、えっと……」  体の前で両手を振りながら、ぼくは伏せられた向日葵ちゃんの横顔を窺う。  麦わら帽子のつば。  その下からかすかに見えた彼女の瞳は潤んでいて、そして小刻みに震えていた。  白い日差しが降り注ぐ、湾へと突き出した防波堤の上。  耳にこびりつくような蝉の声と、たまに鳴くカモメの声。それらが全部、ぼくの置かれた状況を馬鹿にしているかのように思えた。 「えっと、大丈夫?……向日葵ちゃん」  ぼくがそう声をかけると、向日葵ちゃんは顔を上げ、こちらをきっと睨みつけた。  見たことのない彼女の表情に、ぼくの背筋が凍る。かいていた汗が、冷汗へと変わる。向日葵ちゃん、どうか、そんな顔をしないで……。 「私の名前を、呼ばないで!!」  はっきりとした、拒絶の言葉。ぼくの心臓がびくん、と跳ねる。 「あ、あの……」  震える声で呼びかけるぼくを無視して彼女は、麦わら帽子を目深にかぶり、逃げるように駆けだした。 「あ……」  待って、ということもできずにぼくは、水色のワンピースの背中を見送っていた。  一生出会うことはないだろうと思っていた向日葵ちゃんにせっかく会えたのに……。  どうしてこんな辺鄙な田舎町にいるのか。いま現在彼女は何をしているのか。聞きたいことが山ほどあったのに……。    気がつくともう、向日葵ちゃんの姿は見えなくなっていた。
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