委員長になった理由

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委員長になった理由

元風紀委員長、相沢先輩視点の話です。 由さん入学前の一幕 ***  先輩には悪いですけど、俺には俺のヒーローがいるんで。ニヤリと悪戯っこのように笑った夏目に、こいつはまだ高校生だったのだということを思い出した。  夏目久志がどんな男かと問われれば、せっかくの整った顔を仏頂面にし、眉間の皺で全てを厳つい印象に塗り替えてしまっている男と答える。爽やかであろう地顔を常に顰めている。それが夏目久志である、はずだ。  要領がいいのか、話しかければそれなりに愛想よく対応するためファンも一定数いる。風紀違反の処分も柔軟に対応できるため、敵も少ない。来年度の風紀委員長はヤツに任命するつもりだった。 「……で? もっかい言ってみろ」 「ヒーローがいるんですってば」  池谷にチラリと視線をやるも、苦笑を返される。カッチカチの堅物だと思っていた夏目から飛び出た子供っぽい言葉に俺たちは戸惑っていた。  そもそも、この言葉が出てきたのは俺がかけた「俺の下につかねぇか」という言葉がきっかけだった。ちなみに直訳すると「来年度風紀委員長に任命するから引き継ぎを君にしてもいい?」という意味だ。ならそう言えってか、うるせぇわ。 「……その、ヒーローとやらはどこにいるんだ」  池谷の問いかけにハッと意識が浮上する。そうだ、それを聞かねば。夏目の言葉のインパクトに、俺は自身の言葉を言い直して伝えれば万事解決するということを失念していた。ヒーローが誰かなんぞ、聞かなければよかったのだ。最低でも一年は風紀委員として活動しないと委員長には任命できないのだから、聞いたところで何もいいことはない。  池谷の質問に、夏目はパッと表情を明るくする。あ、と思うももう遅い。 「赤はですね! とにかくかっこいいんですよ!! 喧嘩も強いし気も遣える! 何より言動がイケメン! もうなんですかね? あ、そうそう桜楠円の双子の弟なんですけどね、比にならないくらい──」 「ちょ、待て待て待て待て!」 「……なんですか?」  待て待て。色々と待ってくれ。桜楠円の双子の弟? ってことは椎名由がそのヒーローってことか? 椎名由といえば椎名グループの御曹司でグループの実質のトップじゃなかったか? ……え? っていうか喧嘩するのか?  池谷にどういうことかと目で問うも、処置なしと肩をすくめて返される。 「……それで? いくら椎名由がお前のヒーローでも風紀委員長には任命できないんだが」 「……は? 委員長?」  夏目はきょとん、という顔になったが理解が及んだのか、あぁと独りごちる。 「分かりにくい言い方しないでくださいよ。風紀委員長、ねぇ……」  考えさせてください、と保留にした夏目は、ある日突然ドタドタと風紀室に駆け込んできた。 「委員長! 相沢委員長!!」 「騒がしいッ!」  空のペットボトルを投げつける。夏目は悲鳴をあげ頭を抑えた。 「……で、何の用だ」 「赤がっ!」 「……赤ァ?」 「椎名由ですよ!」  あぁ、そういえばそんなこと言ってたな。   「なんだっけ? 男らしくて強くて超カッケーんだっけ?」  からかうも、夏目ははい! と力一杯返事をする。ダメだこいつ。 「……で、赤兄貴がどうしたよ」 「編入! するらしいので!! 俺委員長になります!!」 「……急に他の奴任命したくなってきたなぁ……」  こいつに任せて大丈夫なんだろうか。というかこいつこんなに面白い奴だったか。  ふんすふんすと意気込む夏目に一瞬不安を覚えるも、面白そうだからいいかと思い直す。浮かれてバカになってる夏目が委員長とか絶対面白い。要領のいい夏目のことだ、上手いこと委員会は回るだろう。ただちょっとバカになっているというだけで。  唖然とする委員たちが眼に浮かぶ。俺はクツリと笑うと書類を取り出した。 「オラ、任命書だ。名前書け」 「はい」  端的に返事をし書類を埋めはじめた夏目を尻目に、ふと問いを投げかける。 「……なんで急に乗り気になった?」  手を止めることなく夏目は答える。 「……守るためには、力が要るでしょう」  ポツリ、呟く夏目の声は高校生のものではなく。先ほどまでとのギャップの大きさにやりきれない思いが押し寄せて。おもむろに右手で夏目の額にデコピンをしてみせると、思ったより痛そうな音がした。俺の背の方から池谷のうわ、という声が聞こえる。夏目は額を抑え、唸り声をあげ俯く。  痛みで下げられた頭に手を乗せ、わしゃわしゃと髪をかき混ぜる。 「う、わ。なんですか」 「……やりとげろよ」  何を、とは言わないが。伝わればいいと殊更頭を撫でてやる。  夏目はされるがまま撫でられたおされた後、不意に俯き、息を一つこぼす。 「──守ります」  必ず、と付け足した夏目は照れ臭そうに笑った。
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